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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
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89回:量産型芯太郎

 智仁高校の6回裏の攻撃が始まる。回数から言ってもいよいよ正念場となりそうな回である。打順良く1番高坂から。ここで三者凡退なら、唯一期待の持てる芯太郎の打席ではランナー無し。敬遠されて終わるのが目に見えている。


 そうなれば敗色濃厚である。そして負けるのも十分に屈辱だが、智仁にはそれ以上に気にしている事があった。


「五回までアウト15個。その内、奪三振が11個……」

「記録って、何個だっけ?」

「22個だろ。難しいけど、まだ可能性は残ってるよな」


 自分達の名前が悪い意味で残る。それはただ負けるよりも『クる』ものがある。この事実に気づき、次第に焦りが生まれている智仁ナイン。だが高坂は、この記録を逆手に取る事を思いつく。


「1番ライト、高坂……君」

「静岡最強ォォォ!」


 高坂は内野をざっと見渡した後、大麻を見るとマウンドの足場を丁寧に慣らしている。投手としては一球の出来を左右する大事な作業だ。記録を少なからず意識している様子が伺える。


 ようやくワインドアップに入った大麻の目に、バントの構えをする高坂の姿が映り込む。まずはしっかりと投球動作に集中した上で、素早く本塁へダッシュする。この素晴らしい反応に、思わず高坂はバットを引いた。


「ストライーク!」

「おい、汚ねーぞ智仁!」

「記録阻止しようと思ってバントとかすんじゃねーよ!」

「プライドねーのか静岡!」


 このヤジに高坂はニヤリと笑う。この雰囲気なら、嫌でも一久の内野陣はバントを警戒するだろう。よ~く全体を見渡してみれば、さっきよりも1、2歩ほど内野全員が前に来ている気がする。

 二球目。今度は外角ストレートを強振する。ダッシュして来た1,3塁手は肝を冷やした事だろう。


 次はどっちか。バントか、強打か。内野手が激務と言われるのは、このあたりの駆け引きが外野にはないという事も一因だろう。そして三球目。大麻がテイクバックに入ったところで、高坂は再びバントの構えを見せる。


 しかしバントを警戒されているうえに構えるのが早い分、一,三塁手は完璧にダッシュしてくる。そこに高坂の狙いがあった。内角のクロスファイヤーを、三塁手の頭目がけて思い切りプッシュバント!


「そんなっ!?」


 という顔をしてジャンプする三塁手だが、グラブは届かず打球はベースへ向かって転々。ショートがカバーするも既に一塁へは間に合わない。見事な内野安打である。


「いいぞ高坂、職人芸!」

「高坂新兵の小技は静岡最強~!」


 してやったりの高坂だが、ガッツポーズはしない。まだそんな段階ではないのだ。この大麻サウスポーからは盗塁は不可能。となればまずは送りバントだ。その辺りは心配に及ばず、二番の成田がキッチリと決める。


 これで新記録達成はなくなった。ひとまずホッとする智仁ベンチ。だが現在進行形で窮地が続く事は変わらない。3点取らなければ負けるのだ。


「3番、ショート、朝比奈……君」


 今日の芯太郎は、大麻が投げている限りランナー関係なく打てる。一人でも多く得点圏にランナーを置いた状態で回したい。もう朝比奈も、打順へのわだかまりはなかった。


――ツーベース以上、打ってみせる!


「お?」


 セットポジションに入った大麻が目を見開く。朝比奈の構えが今までと違う。バットのグリップを、ヘソの手前に持ってきている。


「あれって……芯太郎の神主打法?」

「そういや前の回に芯太郎の打席にヒントあったって言ってたな」


 打てないなら打てないなりに何かを変える。野球とはそういう臨機応変な対応も必要となる。

 だが、あの構えにどんな意味があると言うのか。


 大麻は瞬時に朝比奈の考えを分析した。


――なるほど。ベース寄りに立って、ストライクゾーンの一角にグリップがスッポリ入る様な構え。クロスファイヤーを投げたら、避けなければデッドボールの可能性があるな。確かに、あの構えは投げにくい。


 初球。大麻の腕が体に隠れたと同時に、朝比奈の神主打法が始動する。だが予想に反したのか、外角一杯のストレートを見送って、まずはワンストライク。

 その球を誘う為の構えじゃないの? と大麻のみならず智仁ベンチまで首を傾げている。この様に朝比奈の考えは単純に見えて、案外奥が深かったりする。

 二球目はど真ん中にカーブを投げてみる大麻。それでも神主打法は炸裂しなかった。ツーストライク。


――何がしたいのか分からない……。


 捕手の丹羽は、一球外に外すサインを出す。正直この朝比奈とは一秒でも早くおさらばしたい大麻だったが、ここは従って一球外す。

 今度は神主打法の始動すらしない。ピクリともせずに見送った。


「何がしたいんだ?」

「黙っててくれ。集中できんだろ」


 珍しく凄みを見せる朝比奈には、丹羽の揺さぶりは通用しない。


「どうやら朝比奈、クロスファイヤーを待ってるらしいな」

「打てるのかよ、あれを……」

「神主打法とクロスファイヤー、どういう関係があるんだ?」


 誰もが朝比奈の攻略法を読み切れない。それ故にある種の不気味さを覚えながらも、大麻は丹羽に目で伝える。


――もういいよ、丹羽。望み通りクロスを投げてやろう。

 

 腹は決まった。確かにあの構えは投げにくさがある。外に狙って踏み込んで来れば当ててしまうかもしれない。だからと言って……。


「投げられないとでも思ってんのか!」


 しなる左腕からボールがリリースされる直前、一塁側へ寝かせていたバットを引き寄せる。膝の内側に溜めを作り、体全身を柔らかく使い。


 『先程までグリップのあった当たりにミートポイントを持って来て』。


 振り抜く!

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