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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
89/129

87回:MT式ギアチェンジ

 衝撃的な出来事があった後というのは、得てして野球の流れは変わる物である。今起こったプレーは、一久実業にとって悪い意味で衝撃的だったに違いない。智仁ナインの士気が上昇気流に乗った。


「真柄、良く捕ってくれた!」


 三重殺を成した真柄の肩を掴み、賞賛を贈る里見。だがそのみてくれに、どこか違和感を覚えた。


「放してよー」

「……お前、何か変じゃないか?」

「何が~?」

「何がって……いや、わからないけど」

「次、里見からだよ」

「あ、ああ」


 嫌な予感がした。さきほどのイーファスといい、どこか普段の真柄とは違う様な……どこかに異常のサインがある気がした。


                     ******


「お、マグレが出た!」


 5回裏。里見のバットに衝突したボールが三遊間を綺麗に破った。まごう事無きクリーンヒットだ。


「やるねぇ里見! 流石アフリカン!」

「伊集院、しっかり送れ!」


 智仁のバント名人・伊集院が世界の犠打王の物まねをしっかり披露。里見を二塁へ進めた。スコアリングポジションに進む今日初めての展開に、智仁側のライトスタンドは沸き立った。


 しかしマウンド上の大麻は、落ち着いて指先にロージンを塗す。4点という点差が、彼の心に余裕を与える。


「佐々木! 転がして間を抜け!」

「デカいのいらねーぞ!」


 レギュラーセカンドの佐々木もまた、甲子園で圧し掛かる期待に応えたい気持ちがあった。だが、得点圏にランナーを置いた大麻は残していたギアチェンジを惜しみなく使う。


「ストライク、バッターアウト!」

「えっ!?」


 球速が明らかな違いを見せた。今までは速くても、140キロ前後のストレート。だが今のクロスファイヤーは、三球とも145キロを超えてきた。左サイドからこの球速、さらにインコースギリギリに決まるコントロール。高校生に打てる道理は無かった。


「うわぁ、やっぱ怪物じゃねーかあいつ……」

「あんなのプロでも打てないんじゃ? どうするんだよ4点とか」

「もう無理じゃね?」


 一度は盛り上がった観客席も、大麻が本気を隠していた事を悟り意気消沈。結局2死2塁、あと1アウトでこのチャンスも潰れてしまう。


 せめて一点、という希望を一身に受けた次のバッターは。


「8番ピッチャー、真柄……君」


 その名に大麻の気が引き締まる。念入りにロージンバッグを触り、コントロールミスの可能性を小さくしておくその仕草。明らかに真柄を意識している。


「お前にだけは負けられねーわ。どっちが芯太郎に相応しいか、ハッキリさせようや!」

「え、何か言った~?」

 

 組立で伏線を張る。初球は外のストレート。二球目は外のカーブでカウントを稼いだ。三球目、高めに浮くストレートで遊ぶ。

 次に勝負球が来る事は、誰もが感じ取っていた。


「来る、クロスファイヤー」

「真柄があれをどう打つか……ベンチで見てた分、何か秘策があるかも」

「見物だぜ」


 だが4球目。予想に反して投じられたのは、アウトコースへのチェンジアップ。


「えっ」


 145キロを超えるクロスファイヤーに備えていた真柄は、見事にタイミングを崩された。しかも投球はストライクのコースを通る。見逃せば間違いなく三振である。

 真柄は懸命に腰を残す。ギリギリのところでヘッドを合わせ、ライト方向に打球を運んだ。


「おっ、面白い所!」

「落ちろーッ!」


 一塁後方へ打球がフラフラ浮かぶ。背走の一塁手、回り込む二塁手。どちらが取るにしても際どい所に打球が落ちてくる。


「届けッ!」


 一塁手がジャンプするも、ミットに打球が掠っただけ。そのおかげで勢いが更に弱まった打球を、セカンドが飛びついて拾いに行く。が!


「落ちた?」

「タイムリーだー!」


 絶妙なテキサスヒット。芯太郎などには決してない、真柄のバットコントロール技術の勝利であった。


「やるな真柄……流石、芯太郎を上手く使えるだけの事はある」


 それでも三点差。打球としては完全に打ち取った当たりだったためか、大麻に変調はみられず次打者は三振に倒れた。

 むしろ、異変が見られるのは……。


「汗」

「え?」

「今気づいた。真柄……あいつ、汗の量がおかしい」


 夏の甲子園の気温は異常。そのためによる発汗量の変化だと思いたかったが……。里見は、真柄の故障を疑った。


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