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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
84/129

82回:左を選択する事が多い

 1番打者を見事レフトフライに切って取った竹中―里見バッテリーだったが、休む間もなく2番打者の攻略に着手しなければならない。


「2番ショート、佐々君」


 2番・佐々が左打席に入る。ベンチに戻ってくる1番・前田に、大麻から助言が与えられる。


「まぁお前程の左打者なら、あのコースは流してしまうだろうが」

「そう、そうなんだよ。つい」

「分かったろ。レフト前ヒットの確率は5割減と思え。兎に角引っ張るんだ」


 大麻はジッと、守備に就く芯太郎の姿を睨みながら喋る。


「そのために、今日は監督に頼んでこのオーダーにして貰ったんだからな……」


 快音が響く。2番の佐々がセカンドライナーに倒れ、帰って来る。彼に対しては拍手を送る大麻。


「それでいい佐々。第一打席でライナー性が打てるなら、いずれは……」

「ああ、あの投手は大したことない」


 会話中、またも打球音が響く。左打席に入っていた3番・柴田がセンターフライに倒れていた。


「よしよし、初回の掴みは上々だ……しまってくぞ」

「おう!」


 三者凡退に抑えた智仁バッテリー。竹中の緊張もいくらか解れた様だったが、里見は少し上手く行きすぎている感じを覚えた。


――追い込んでから外のあんな甘いコースに行ったのに、三番は打ち損じた……。甲子園、しかも準決勝に出てくるチームのクリンナップが……か。


 気持ち悪さを払拭するため、里見は顔を洗いに行った。


                      ******


 サインに頷き、ゆっくりと振りかぶる。少し体を捻じって、ギリギリまで腰の開きを押さえる事で全身がしなり、腕が急に出てきたような錯覚に襲われる――。


「うおっ!?」


 高坂に投じた二球目。140キロのストレートが対角線へ食い込んで来る。


――こ、これが大麻のクロスファイヤーかい!


「トライーッツー!」

「しかもストライク取れるんかい……」


 140キロのストレートでも、出所が見えないから150キロかそれ以上の速度・球威を感じる。これで自由自在にストライク・ボールを出し入れされたら手も足も出ないだろう。こういうタイプは四球で自滅を待つのが得策だが、大麻の今大会の四球は3試合で僅か5。四球で塁を埋めるのは難しいだろう。


――なら、こういう手もあるで!


 一球遊んだ後の四球目。勝負球として選んだのはまたもストレート。そこで高坂の目が光る。


「そこや!」


 投手と一塁手の間を狙ったプッシュバント。一塁手が出て来て捕球、その間に投手が一塁カバーに向かう。セカンドも打球処理に来ているので、一塁カバーは間に合わない。つまりこのバントは……。


「打者と投手の27m、短距離走対決や!」


 実際には投手はもっと走る距離は短いが、打者の方が先に加速している分いい勝負となる。加速度が最高点に達した高坂は一塁を走り抜ける。その踏んだ瞬間とほぼ時を同じくして、大麻も捕球とベースタッチを完了。息の詰まる攻防、判定は……。


「……アァウトー!」

「ちぃっ、ヒット一本損したわい!」


 悔しそうな顔をする高坂。だがしてやられた顔をしているのは大麻であった。捕手の丹羽に愚痴をこぼす。


「セーフになりゃ儲け。狙いは俺を走らせるためだ、今のバント」

「体力削りに来たか。こすい事してくんな」

「ま、それぐらいでぐらつく様な足腰してないけどな。俺は」


 2番・成田に対してもクロスファイヤー。5球で三振を奪うと、前日まで四番の三番・朝比奈の登場である。


「パ・パ・パー! パパパパッパラパッパッパー!」


 朝比奈に対しても、何の変哲もなくクロスファイヤーで来る。そう考えた智仁ナインだったが……。


「ストライーッ!」

「えっ、外角ストレート!?」


 思い切り体を開いた朝比奈は反応できなかった。どうやら大麻は、朝比奈の構えでクロスファイヤー狙いを見破ったらしい。


「ちっ、その場の判断でコースを変えやがったか……どんな洞察力してやがんだ」


 結局朝比奈もショートフライに倒れ、三者凡退。ここまで両チームノーヒット。内容だけ見れば、投手戦になるかと思われた……。


                   ******


「四番、ファースト、織田……君」


 4番の織田が左打席へ入る。竹中は今まで通り、外角へ球を集中しレフトへ打たせようとする。だが。

 快音を残し織田の打球は右中間へ。高坂が懸命に回り込んで、シングルヒットに留める。


――意識的に引っ張ってやがる。なら配球でなんとか……ん?


「五番、ピッチャー、大麻……君」


 大麻が踏み込んだボックスの位置によって、里見が今までの拭いきれなかった違和感の正体がハッキリした。そう、ここまでの打者全員が。


「ひ、左打席……」

「お。里見君だっけ? ようやく気づいたね」


 トントン、と肩を叩いて解しながら、大麻はバットを寝かせて構える。


「悪いけど、芯太郎の守備は封じさせてもらうよ」

「なっ……」


 頼みの綱が使えない。絶望を誘う発言であった。


 

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