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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
83/129

81回:第n代四番

「うおお、出てきた!」

「あのレフトが、カリーが絶賛してた斎村!」

「バンダナつけてるけど、あれってアリなの?」

「今日も記録続くかなぁ」


 言いたい放題言われている芯太郎。シートノックの間中、耳に自分の名前が入ってくるので集中しきれない。


「頑張れよ斎村ー!」

「期待してるぞ斎村ー!」

「カリーが見てるぞ斎村ー!」


 捕球したボールをぶつけてやろうかと思う程煩わしかった。芯太郎はインドアな人間なので、人にワーワー言われるのが嫌いである。朝比奈とは対照的。

 そしてその朝比奈は、芯太郎に対して若干の闘争心を芽生えさせている。芯太郎の返球を受ける際、目で殺気を放ってくる。その原因は今日の打順である。


――俺に言ってもしょうがないんだけどな……。


 本日のメンバーは以下の通りとなっていた。


一(中) 高坂(三年)

二(右) 成田(三年)

三(遊) 朝比奈(三年)

四(左) 斎村(三年)

五(捕) 里見(三年)

六(一) 伊集院(三年)

七(二) 佐々木(二年)

八(投) 竹中(二年)

九(三) 宮部(二年)


 真柄が抜け、竹中が先発。それはいいとして、問題は3、4、5番の入れ替えである。芯太郎が自分を差し置いて四番、という事に朝比奈は憤りを覚えている。


 ここまで朝比奈の打率は14打数6安打で.428。智仁高校のリーディングヒッター、即ち首位打者である。対する芯太郎は12打数2安打の.166。今まで5番と6番を行ったり来たりしていた低打率の男が、ここにきて謎の4番昇格。


 朝比奈でなくたって頭に来るオーダーである。が、今日の芯太郎のオーラの前には誰も文句は言えなかった。朝比奈にしても、睨み付けるだけで口は出していない。


「余計な事を……余計な事を……」


 試合開始までずっとブツクサ文句を言い続ける芯太郎。相手側のブルペンをジッと睨み付けている。その芯太郎を朝比奈が睨み付けると言う珍妙な図が出来上がった。


「ほらボーっとしてるな、整列だよ整列! 集中しろお前ら。ったくよー」


 どこかキャプテン様の言葉遣いが荒い。ベンチの中で団扇を仰いでいる真柄はニコニコしながらその様子を眺める。


「お前もだよ馬鹿!」


 朝比奈に引っ張られて、真柄も整列の陣形に加わった。


 全国の注目の中、甲子園大会準決勝が始まる。


                     ******


「守ります、智仁高校のピッチャーは、竹中……君」


 甲子園初先発の竹中には、明らかな緊張があった。里見が受けていても球が走っていない。変化球のキレを見ると腕の振りが縮こまっているせいか、いつもより曲がらないし落ちない。


――ヤバイな。真柄が如何にメンタルお化けだったか分かる……。


 しかも三塁に入っている宮部(二年)も今日が初スタメン。今迄も守備固めで甲子園のグラウンドには立っているが、プレイボール直後からとなるとまた格別の緊張が楽しめる。

 だがこの状況で、『ボールが来てほしくない』という精神状態になると非常に危ない。エラーを恐れる守備はエラーを生むものである。


 そしてこの状態でも、試合スケジュールは待ってはくれない。


「プレイボール!」

「しまっていこー!」


 社交辞令を守備陣にかけたところで、里見苦心のリードが始まる。


――1番は左打者……何とか左方向にフライ性の当たりを打たせたい。それが一番被害を少なくする方法……。


 ショートに朝比奈、センターに高坂、レフトに芯太郎。ここが智仁の守備の最も堅いところである。この辺りに凡打を打たせてアウトを稼ぐ。


 里見が決めた初球はアウトコース真ん中へのストレート。だがこれが高く浮く。


「うーん、やはり球が浮くな……よし」


 次に要求したのは外のスローカーブ。これもコントロールが乱れ、高めに浮いてしまう。それをしっかりと溜めて、レフト方向へ打ち返される。レフト前に落ちるかと思われた打球だが……。


「芯太郎!」

「ふおっ」


 つま先で立って構えていた芯太郎の一歩目は早い。ギリギリのところで、飛び込まずにフライ性の打球を捕球した。


「あれとるかー?」

「だから言ってるだろう。あいつは外野守備だけならGG級だって」

「けど大麻よぉ。本当にお前の言う通りで勝てるのかね?」

「勝てるさ……あいつが『レフト』にいるうちはね」


 相手ベンチからの不穏な打ち合わせは、里見の耳には届かない。彼は竹中の面倒を見るだけで精いっぱいなのである。

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