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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
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80回:最強クロスファイヤー

「佐那……何でここに? スコアラーでベンチ入ってるんじゃ」

「プラカードもスコアもみーんな後輩に譲ってあげたよ。なんかやりたがってたし」

「そりゃそうだよ……やりたくなかったの?」

「シン、本気で言ってるの?」


 佐那は髪をかき上げて、雄弁に言いたいことを伝えきった。そのマイナス方向に強いメンタルに、智仁の部員達は背筋を凍らせた。


「プラカードとかはさ、『傷の無い』『清廉な』マネージャーがやるものでしょ」

「……何しに来たの」

「征士郎から聞いてるよ。この大会で野球やめるって」


 掴む肩を握る力が強まった。感情の変化をアピールしている。


「放さない」

「お願いだよ。この大会だけは楽しんで野球をやりたいんだ」

「ずっと楽しめばいいでしょ。私と一緒に」

「できないんだよ。これで終わりと思わなければ」

「勝手すぎるッ!」


 首を無理やり回して、強制的に自分の方を向かせる佐那。首の骨が折られそうになるのを、何とか体を回転させて防ぐ芯太郎。異常なやりとりであった。


「諦めて私とずっと一緒にいなさいよ!」

「もう髪の毛も全部抜け落ちたんだ。無理だよ」

「馬鹿! あなたのおかげで私にはもうそれしかないのよ!?」

「野球を続ければ、いつか本当に誰か死なせてしまうんだ」

「許さないから……私そんなの、絶対に!」


 佐那が人込みに姿を消すと、試合終了のサイレンが鳴り響いた。芯太郎はどうやって見つけたのか、グラウンドから睨み付ける望田征士郎と目を合わした。


                    ******


 三回戦、智仁高校は福岡の田畑水産に4-2で勝利。その後も、智仁高校は勝ち進んだ。


「準決勝、ベスト4だぜ俺達!」


 浮かれる部員達。静岡勢がここまで来れる事自体、相当に久しぶりなのにそれが自分達だと来た物だから、狂喜乱舞。一躍地元のヒーローになっているのだから、無理も無かった。


 その中にあって、里見は一抹の不安を抱えていた。甲子園では、一度の敗北が全て。行ける所まで行く、という考え方なのか、ここまでの試合は全て真柄の完投である。

 どこか壊さないか、という考えが毎試合付き纏う。


 その考えは壇ノ浦にもあったのか、次の試合は真柄の休養宣言が出された。二、三番手投手の出番である。


「竹中、そろそろ投げたいだろ?」

「そりゃ、勿論そうですよ」

「まぁ明日は先発だろ。けどいいのか? 相手はあの大麻だぞ。プロ注目の左サイド」


 竹中の表情が沈む。相手はエースとして甲子園を二回経験している、格の違いすぎる大投手。気になるととまらなくなる性格をしている竹中は、芯太郎に人物像を尋ねた。


「斎村さん、大麻さんってそんなに凄い人なんですか」

「うーん、まぁ、凄いかな。真柄と同じくらいじゃないの」


 適当に受け答えする芯太郎では、何の参考にもならなかった。別室でマッサージを受けている真柄に聴きに行こうとしたが、里見が目で制す。


「お前もさっさと寝た方がいい。試合には出てるんだから体力消耗してるだろ」

「はぁ~い……」


 竹中は諦めて布団に入る。同じく就寝しようとした芯太郎のスマートフォンに、着信が入る。


「タイマ?」

「芯、開会式以来だな」

「……何か用?」

「明日の朝、楽しみにしとけ。以上」


 そう言って一方的に電話は切られた。意味深な発言に対し、芯太郎の胸にどこかざわつきが宿った。


                    ******


日本晴にほんばれ!」


 次の日、緊張を解そうと朝比奈が何気なく付けたTVニュースだった。甲子園特集で、三千本安打達成者の狩元氏が最大級の賛辞を与えている相手は……。


「甲子園史上初!? 一度も左中間を破らせない天才外野手!」


 画面左上に出ているその見出しで、誰の事を言っているのか大体分かった。

 時の人は、歯ブラシを口にツッコみながら硬直している。


「何なんだこれは」

「すげー、芯太郎。カリーに日本晴もらってるよ! 俺の長年の夢を先に越された~」


 真柄に背中をドつかれる芯太郎。思わず歯磨き粉を飲み込んでしまった。


「凄いでしょ狩元さん、この子の守備」

「いやぁ~これは凄い事してますよ。ロッタの丘田選手とか、元半神の新造選手とかそんなレベルの外野守備です。一歩目が非常に早い。ほとんど勘で動いているかのような早さですよ」

「ていうか良くこの記録に気づきましたね?」

「実は一久実業エースの大麻君に取材したんですよ。ほら、VTR出ます」


 今日の対戦相手、クロスファイヤーの大麻が画面にアップになる。智仁ナインに圧力を与える絵であった。


「明日(今日)は智仁高校ですが?」

「ええ、楽しみです。あそこには好敵手がいますからね」

「好敵手? エースの真柄君ですか、それとも4番の朝比奈ですか」


 朝比奈は自分だけ呼び捨てされた事に憤り、誰も使わない灰皿を画面に投げようとする。里見が察して武力で抑えつけた。


「斎村ですよ。レフトの」

「ああ! 一回戦で打球を……」

「ランナー三塁での打撃も脅威ですが、凄いのは守備ですよ。気づいてます? 智仁は今大会、一度も左中間を割らせてないって」

「えっ、一度も!? 本当ですか!?」

「頭超えたのはありますけどね。斎村マニアの僕が言うんだから間違いない。彼とは元チームメイトですから。TVの前の皆さん! 明日は僕じゃなく、斎村を見」「何消してんだよ芯太郎!」


 芯太郎はTVのリモコンを朝比奈から奪い取ると、画面を暗転させた。朝比奈がギョッとする様な暗い表情に、部員達は気圧される。


「さ、さぁーみんな、いこーか」


 芯太郎の放つ負のオーラを感じ取った智仁ナインは、そそくさとバスへ乗り込んで行った。その中で真柄と高坂は芯太郎を煽る事を忘れない。


「良かったやんけ。今日は皆がお前を見るで」

「いいなー、忍も特集組まれたいなー」


 芯太郎に睨まれる前に、二人は素早くバスに乗り込んだ。

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