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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
77/129

75回:セッティング完了!

 勝利まであと6人。眼前に迫った勝利を手にするため、ストライク先行の投球を心掛ける下間。それ故に、初球のインコース甘目のストレートは当然の選択かもしれなかった。

 セーフティバントを狙っていた成田にとって、おあつらえ向きの球が来た。


「だろうと思ったわい!」


 しかし三塁手・鷹野の反応が早い。成田の打席に入る前の構えから、バントの気配を読み取っていたのだ。この男の野性の勘は、セーフティ成功を幾度となく阻んできた実績がある。


「うわっ!?」


 だが成田にとってのラッキーは起きた。投手・下間もセーフティを読んでいたのか、全く同じ位置へとダッシュして来たのだ。ボールにしか目が行っていなかった二人は、仲好くごっつんこした。


「いてて……すまん、大丈夫かシモ」

「ああ、今のはしゃあない……切り替えて行くわ」

「頼むぞ。クリンナップは油断できひん」


 この試合初めて二番の成田を出した。この事が少しでもリズム崩壊に繋がる事を、智仁ナインは密かに期待している。

 そして三番里見、この試合初ヒットを打った男を迎える。第一打席では外を捨てたと思わせる作戦に嵌った池山バッテリーだったが、その後は内角ストレートとスプリットを駆使した投球で里見を幻惑している。


 そしてこの打席、またも里見はヤマを張る。第一球、予想通り盗塁を警戒してウエストした後の……インコースのストレート!


「来た!」


 今日好調の里見は、読み通りの球をしっかりと左中間へ運ぶ。三年間培ってきたスイングスピードが、センバツ準優勝投手の快速球にも見事に適応している。


「バックホーム! ファーストランナー返すな!」


 フェンスからのクッションボール処理、中継からの送球に全く無駄がない。強いチームの象徴・守備力の高さが垣間見えた。一塁ランナー成田はホームに突入できず、三塁ストップ。

 だが、これで条件は揃った。


「朝比奈! 分かっているな?」


 壇ノ浦が念を押す。打たずに芯太郎に渡せ、と言いたいのは流石の朝比奈にも分かる。だが、ランナー二、三塁のこの状況。ゴロでの併殺ゲッツーはない。

 ここで打たずして何のための四番か。そう思いグリップエンドを握りしめた矢先……。


 捕手がまたしても立ち上がった。


「悪く思うなよ」

「え、でも……いいのか?」

「何が?」

「い、いや。何でもない」


 しめた!と智仁ナインの誰もが思った。どうやら池山学院は芯太郎の得点圏打率を調査していないらしい。いや、正確には『詳しくは』調査していないというべきか。


「よっしゃ、後は頼んだぞ!」

「……」


 青ざめた顔で朝比奈の投げたバットをバット引きに渡す芯太郎。チラリと三塁ランナー・成田の顔を見る。


――上手く避けてくれよ……。


「タイム!」


 無死満塁としたところで、一旦内野守備の確認をするために相手捕手がタイムを取る。その間に次打者・真柄が芯太郎に寄って来る。


「三振してきていいよ。俺も新聞の一面とか載りたいしー」

「え?」

「まだ無死なんだから。いいじゃん偶にはさー」

「……それは」


 壇ノ浦に目をやる芯太郎を見て、真柄は肩に手を置く。


「そーいうことね」

「……」

「覚悟があるなら、そんでいいんじゃね?」


 タイムが終わる。話し合いで決まった守備位置に各自ついたが、三塁手の鷹野の様子がおかしい。


「おい。何でベースにくっつかない」

「成田君やったっけ? 君こそ何でリード取らへんのや」

「むっ……」

「君の様子とベンチ、それに観客の異様な盛り上がり。ただの0割5分の打席で無い事ぐらい、俺には分かるわボケが」


 鷹野は気づいていた……というより、最初から芯太郎の打撃に疑問を感じていたのだ。


――あの時と同じ斎村ではない、という事やな。


 鷹野の脳裏に、5年前の伊勢神宮シニアとの対戦が蘇っていく……。

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