74回:真柄の罠?
もはや試合の注目は、先程61本目を放った鷹野が通算本塁打をどこまで伸ばすか? という所に移っていた。試合開始前は智仁高校のオーダー変更に敵味方が沸いていたのに、もはや過去の話だ。
それでも真柄は、ツーシームを主軸に池山打線を討ち取り続けた。3回まで許したヒットは一本だけ。その一本を打った相手と、4回裏に相見える。
「4番サード、鷹野……君」
二度目の対決である。今度も二死からの登場となった鷹野は、不満げな顔を見せる。
「まーたランナーおらんやないの……これのどこが『クリーンナップ』やねんな。最初から掃除されとるやんけ」
「予告ホームランはしないのか?」
「あんなん最初だけや。何回も上手くいく様な甘いスポーツなら、俺はやりたないな」
この会話が伏線かどうか、里見は測りかねた。言葉通りに捉えるなら、今度はストライクゾーンを広く取って待つ……要するに軽打という事だが。
里見は外のストレート(シュート回転)を要求した。今までの集められるだけ集めた鷹野のデータでは、流し打ちでの柵越えはほとんどない。外ならばホームランは防げるはず。
投じられた一球目。里見は真柄の投げたボールの行方と同じくらい、鷹野の反応にも集中する。
「ストライク!」
鷹野が一瞬踏み込んだのを里見は見逃さなかった。どうやら広く待ってはいるが、追い込まれるまでは長打しやすい真ん中よりのボールだけに手を出す腹づもりらしい。
――なら、打ち取れる。
里見は、なんとホームランを打たれた球……インコースのシュートを再び要求した。このリードには二つの意味がある。
その1。里見は第一打席のホームランは、鷹野がヤマを張った結果だと考えている。ボール球になるシュートに対し、体を思い切り開いて打ったのだから当然の思考である。よって、今真ん中付近を待っているなら今度こそ打球は詰まる。
その2。ウィニングショットであるシュートをホームランされた真柄の自信回復。後半、いざという時にホームランがチラついて、キレがイマイチになるのを今の内に防いでおく。
以上の理由から、里見がこのサインを出すのに躊躇はなかった。真柄もノータイムで頷き、ノーワインドアップから意図的にボールをシュート回転させた。
手を離れた瞬間はストライクゾーンに来るストレートかと思う。しかし実態はインコース、体寄りに食い込んで来る高速シュート!
「甘い!」
決して甘いコースではない、むしろ厳しすぎるほどに厳しいボールだった。にも関わらず鷹野は上手く腕を畳んで、三塁線フェアゾーンに引っ張った。
三塁手・竹中の横をすり抜けて、またもレフト線長打コース。里見の想像の上を行くバッティングであった。
「ツーベースもろた!」
が、更にその上を行くのが芯太郎の守備位置であった。
「な、何でそこにおるんや!?」
打球はフェンスに到達しないどころか、レフト定位置までも行かず芯太郎に止められた。ボールコースのシュート。そのサインを内野から伝達された芯太郎が、レフト線に打球が来るとヤマを張っていたのだ。
これでは二塁は陥れられない。
「ちっ、相変わらずの神憑りやな……せやけど真柄ァ、お前のシュート通用せぇへんって分かったろ?」
「聴こえな~い」
「昔みたいに、えげつないストレート投げてこんかい! 俺は本気のお前と勝負したいんじゃ!」
「聴こえな~いよ~」
「ちっ、歓声で声が届かへん」
打たれたはずの真柄だったが、鷹野に見えない様にうっすらと笑みをこぼしたのを、里見ははっきり見ていた。ああいう笑いをする時は自分には分からない事が、真柄には分かっている状況である。
真柄には、何か切り札があるらしかった。
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だが如何に真柄に作戦があろうと、現状は一点負けているのである。そして外スラが驚異的な威力を放ち、池山学院エース・下間七回まで被安打3、四球4の快投を続けていた。
「バテる様子も見せないね……」
「途中で外を捨てて、四球を誘う作戦もやったがなぁ。※スコアリングポジションに進むと外スラは投げなくなる。そこが狙い目だったんだが、打ち損じたな」
得点圏にランナーが進んでプレッシャーがかかるのは何も投手だけではない。自軍の打者にもである。
バッティングは所詮、3割しか打てない水物であるのにチャンスで打てなければ戦犯。理不尽なプレッシャーに負け、本来のスイングが出来ずに凡退していく選手は多い。舞台が甲子園となるなら尚更、初出場の智仁ナインには荷がきつかった。
こうなるとやる事は一つである。
「ランナー三塁で芯太郎に回す!」
「バカの一つ覚えみたいで癪だけど、それしかねぇな」
「いっちょやるか。成田、頼むぞ!」
「分かった。何とかしてみる」
ここで点が入らなければ、後が無くなる智仁高校の八回表。打順は二番・成田から。何とか五番の芯太郎までに、ランナー三塁の状況を作らなければならない。
「勝手に話進めないでよ……俺、必ず打てる保証なんてないんだけど」
「お前は黙って座ってろ。俺達が必ず打たせる!」
「はぁ……何でウチは皆こうなるんだろ」
いい迷惑だと言いたげに溜め息をつく芯太郎。だがそこには、智仁ナインの想像を超えたドラマが待っていた。
※スコアリングポジション……ランナーがワンヒットで点が入る二塁か、または三塁にいる状況。得点圏。




