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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
74/129

72回:裏の裏は表

「斎村の地方大会の打率、なんぼやったっけ?」

「打率0割5分……出場校の全レギュラー中ダントツのワーストやぞ」

「でも確かそれ、決勝ホームランやろ? たった一本が派手すぎやろ。コスパ高いな」

「それコスパとは言わんやろ」


 謎の芯太郎五番昇格に、関西人の憶測が飛び交っている。一番解せていないのは鷹野であった。


「何が起こっとるんや」

「ホーク(鷹野の事)、お前アイツと対戦した事あるんやろ? そんなに打つんかあいつ」

「打たん。俺とやった時は内野フライ四つや」

「んじゃ、何のための5番なんやろなぁ。高校入って打撃覚醒したんちゃう?」

 

 なんにせよ、試合前から智仁高校に注目が集まり始めた。夏優勝・春準優勝という格の違いすぎる相手に、リニューアル打線が襲い掛かる。


                    ******


「一回の表、智仁高校の攻撃は、一番、センター、高坂……君」


 甲子園で、高坂のヒッティングマーチ・『ナポレオン三世』が響き渡る。


「静岡最強ォォォ!」


 心地良い緊張に小気味良いハーモニー。切り込み隊長に相応しいコンディションとなった。

 相手は大坂を制した大エース・下間しもつま。新聞記者によれば、キレのいいスライダーとスプリットを主体とする技巧派。


――まずは、全部曝け出してもらおか。


 第一球。高坂は初球から打つ事は滅多にないが、この甲子園の雰囲気がそうさせたのか、思い切ったスイングを見せた。


「ストライーッ」


 138キロのストレートにバットが空を切る。県予選決勝で対戦した最上をイメージして振った高坂だったが、最上と比べるとやはり球速は落ちる。MAXは145だという情報だが今日の球の伸びは今一つに思えた。

 ストレートに照準を合わせれば、打ち崩せるかもしれない。まずは有力な情報を一つ。


「ストライクツー!」


 二球目も入れてきた。なるべく多く球種を投げさせたい高坂だが、バッテリーはストレートしか投げてこない腹づもりの様だ。

 そして特筆すべきはコントロール。一球目は外角。二球目は内角。球速はあまり出なくとも、コントロールは自由に内外の出し入れができるらしかった。


 三球目はアウトローに外れてボール。ここまでストレートしか投げていないが、甘いところには一球も来ていない。これが強者の投球なのだ。


――なるほど、全国準優勝投手……球速のギアもまだ上がりそうやし、このコントロールなら勝負球もストレートやろ!


 散々外に目を慣らされた後の、内角ストレートにヤマを張る高坂。だが、勝負球はまたも外。

 しかも、ストレートをとことん投げてくると読んだ高坂には対応できない球……伝家の宝刀・外角スライダーである。


「ットライー! バッターアウッ」

「なるほど、あの球が外スラか」


 途中まではストレートにしか見えないこの球は、高校野球に限らずプロでも大人気の必殺ボールである。ストライクからボールへの軌道。振ったら最後、並のバットには当たらない。


「バッターアウト!」

「うわたー。外スラえげつないな~」


 成田も外スラの餌食になり僅か8球でツーアウト。三番の里見が成田から外スラの情報を貰い、打席に向かう。里見が考えていたのは、自分と相手捕手の考え方の違いだった。

 自分だったら外スラは3回まで封印する。甲子園にコールドはない。自分が捕手なら、エースを九回まで持たせる配球で、できるだけ切り札は後にとっておく。


 この捕手がそれをしないのは、選手層が厚いからだ。二番手、三番手投手も他所なら間違いなくエースナンバー。人材の集まる街・大坂の恐ろしいところだ。


――さて、外スラを出し惜しみしないリード。なら俺は……。


 『アフリカン・オブ・シンフォニア』の演奏が始まる。「百獣の王っぽい」体型をしている里見にはもってこいの名曲が、彼の威圧感を増している。

 そして一回にしていきなり外スラへの対抗策を披露してくれた。


「ストライクツー!」

「何だ? アウトコースを完全に捨ててやがる」


 外スラが威力を発揮するのは、ボール球であるからだ。空振りを取るのに特化した球なので、外のストレートに意識が行っている打者は引っかかる。

 ならば、最初から外を捨てる。野球と言うのは慎重さも大事だが、こういう思い切りが案外重要である。里見は外のストライクゾーンに反応しない代わりに、外スラに空振りする事はなくなった、というわけである。


「こうなれば、何を投げる?」


 真ん中からインコース寄りのストレートは、誰がどう見ても里見の待っている球だ。だから外のストレートを投げるしかないのだが……。


 そして、その球は投じられた。捨てた筈の外角ストレート。だがそれまでの対応が嘘だったかのように、里見はニヤつきながら外のストレートを右中間へ運ぶ。見事な流し打ちであった。


「何!? ほ、本当は外を待ってたのか!」


 そう、これまでのが『フリ』で、外のストレートを投げさせるのが目的だったのである。外スラ対策の対策として、外のストレートの精度を上げていたのだが、ヤマを張って狙われてはひとたまりもない。


「さて、新クリンナップ。見せてやれ、朝比奈」


 四番の朝比奈が打席に向かう。その時三塁手の鷹野は、ネクストにしゃがむ芯太郎の方を見ていた……。

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