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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
73/129

71回:つかれてるね

 白熱の甲子園が遂に開幕。選手宣誓を唇を噛み締めながら見つめていた朝比奈が、練習場で吼えていた。


「おら、ショート! 声出せ声!」

「っしゃ来いやぁ!」


 会場入り一時間前、近場の練習場でノッカーと野手の気合いがぶつかり合う。今日、誰よりも力が入っているのはやはり朝比奈。格の違いを見せつけられたBIG3の一人、鷹野三郎への一方的なライバル心が、普段培っている能力を100%引き出している。


「よーし、守備練ノックはここまで。後はフリーバッティングに使うぞ」

「おし、時間がねぇ! 一年は急いでケージ準備しろ!」


 不安を拭い去る為、一球でも多くいい当たりを飛ばしておきたい。試合前の打者心理は様々だが、朝比奈は練習で好調を実感してから試合に臨むタイプである。

 そして実際、今日の彼の好調っぷりは目を見張った。


「おいおい、朝比奈一球も芯外さねぇじゃん」

「『憑かれてる日』だな、今日は」

 

 智仁高校野球部では急に来る好不調の波にあおられ、いきなり絶好調または絶不調になる現象の事を『憑かれてる』と呼んでいる。

 野球を長く続けていれば誰しも経験がある、何を投げられても打てる様な感覚。まるで自分ではないかの様にスムーズにバットが出る。最短距離を通っているから鋭いライナーが飛んでいく。


 今日のキーマンが朝比奈になる事は明らかだった。


「レフト!」


 フリーバッティング中、芯太郎はケージに入らずにずっと左中間に留まっていた。ボール拾いをしている舎弟の安東が、不思議がって声をかける。


「斎村さん、フリーの時は俺らが球拾いますよ?」

「シッ……黙って。音が聴こえにくい」

「音?」


 芯太郎は目を閉じては開けてを繰り返し、飛んで来た球をスルーしつづけていた。その余りに意味深な行動に、一年までボール拾いを忘れて芯太郎を凝視してしまう。


「よし、時間だ! バッティング終わり、ベンチ入りメンバーはバスに乗れ!」


 遂に、智仁高校の甲子園デビューの時が来たのだ。


                     ******


 会場に入る前の廊下で、選手達が待機している。直前の試合の様子をチェックする者、バットケースからバットを取り出し、グリップを握りしめる者、何もせずに静かに座して待つ者……。


 その中で、池山学院・鷹野のフットワークは軽かった。


「よぉ斎村、調子はどないや」

「普通だよ。関西の人は?」

「鷹野や。もー俺は頗る調子がいい。お前がどんな守備をしようが、俺の打球は頭の上を行くで」

「それは楽しみだよ、そういう打球も嫌いじゃない」


 軽いジャブはあっさりと受け止められた。鷹野はニヤリと笑うと、今度は真柄の方へ歩く。


「まだ思い出さんか? 真柄よ」

「あんたシニア出でしょ~? 俺軟式出身よ? 当たってる訳ないじゃん」

「ふっ、忘れたならしゃーない。試合でもう一度、一発放り込んで思い出させたるわ」


 そのまま前哨戦の開催場所へと歩いて行く。前哨戦と言っても、ただのジャンケンではあるが。


「では、両校主将ジャンケンをして先攻後攻を決めて下さい」

「ここが吉凶の別れどころやで、朝比奈君」

「ふっ……悪いが今日の俺は負ける気がしない。例えお前が相手でもな。……ジャンケン、グー……と見せかけてチョキだぁぁーッ!」


 ジャンケンに敗北した朝比奈を、壇ノ浦が何とも言えない目で見ている。

 巷では高校野球においては、比較的後攻の方が勝率が高いという噂がある。その後攻を奪われた智仁は心理的に一つ不利になったと言えるかもしれない。


「確かに後攻の方が勝率は若干高いとか言われてるな。でもそれは強いチームがなんとなく後攻を選んでいるからであって、別に先行が不利ってわけじゃないんだぞ。プロ野球とかメジャー見てみろ、先行後攻が等しく勝ってるじゃねーか。だから俺はなんも悪くない」

「通ちゃん、ちょっと黙って」


 舞子が口を塞ぐ。何とも言えない不吉さを漂わせて、遂に第一試合の選手入場時間となった。


「斎村さん、入場ですよ?」

「……うん」


 安東に促され、足を止めていた芯太郎も歩き出す。芯太郎の宣言……左中間封鎖。実現すれば甲子園始まって以来の快挙である。途方もない目標への挑戦が、今始まろうとしていた。


                    ******


 心躍るスタメン発表の時間がやってきた。全国放送のある甲子園大会で自分の名前が呼ばれるとなると、鼻血が出そうなほどの興奮があるはずだ。


「先行、智仁高校……1番センター、高坂……君。センター、高坂……君」


 スタンドで応援に回っている高坂の彼女であり、マネージャーの並里が涙をこぼしている。高坂にしても並里にしても、一生この瞬間を忘れることはないだろう。


「2番ライト、成田……君。ライト、成田君」

「3番キャッチャー、里見……君。キャッチャー里見君」


 スタンドの応援団の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。里見は地方大会から、不動の4番で固定されて来た男。それが3番にまわるとなれば……。


「4番ショート、朝比奈……君」


 静岡ファンの駆けつけたスタンドが沸く。この大舞台で打順を弄るとは誰も思っていなかったのだ。壇ノ浦マジックが炸裂した。

 だが、本当の衝撃はこの後であった。


「5番レフト、斎村……君。レフト、斎村君」


 まさかまさかの大幅打順入れ替え。大波乱の予感のする智仁高校の初戦。吉凶は初回に占われる。

 


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