70回:鎖国政策
「おいおいちょっと待てや。俺の存在を無視するなっちゅうねん」
鷹野が望田と大麻の間に割って入る。
「引っ込んでろよファルコン」
「ファルコンやないホークや。お前ら、シニアの時に俺に負けたの忘れたわけやないやろ?」
「確かに伊勢神宮の時に豊国に負けたけど、それが何か?」
芯太郎が忘れていた事実を大麻は覚えていた。ようやく会話に入れた鷹野が腕を組んでふんぞり返る。
「今度も負かしたろうって話やで」
「何言ってんだか。お前センバツで征士郎に負けてるじゃねーか」
「は? 負けてへんし! 3打数1安打や、全然負けてへんわい!」
芯太郎は隙を見てその場から去ろうとするが、鷹野がリーチを活かして制服の襟に指を引っ掻け、引き戻す。
「苦しいよ関西の人」
「斎村、シニアの時はお前のお蔭で、ツーベース二本も損したんや。お前がおらんかったら通算打率4割いっとったんやぞ」
「そんな事言われても……」
「お前とは初戦で当たるな。宣言しとく。左中間ぶち抜いて三本は打ったるわ」
指を三本立てて芯太郎の頬にめり込ませてくる。威圧行動だったが、芯太郎はそれを握力で退けて見せた。
「おっ……」
「どいててくれるかな、関西の人。俺達、大事な話してるんだ」
「やるのぉ、斎村。宣戦布告ってことやな」
望田と大麻に向き直ると、芯太郎は話の続きを始める。
「二人とも、俺に野球をやって欲しくないんだよね?」
「そういう責任の取り方もありだ、と言ってるだけだよ」
征士郎が氷の視線を寄越す。大麻はその意見に異を唱える。
「俺は反対だな。そんな事したって時間は戻らない。俺はお前が責任を取るなら、佐那と一緒にいてあげて欲しい」
「タイマらしいね。俺も、本当は野球をやめたくない」
芯太郎はバンダナを深くかぶり直すと、ボソボソと話を続ける。
「やっぱり俺、好きだから野球やってるんだ。でもその度に、二人と佐那をはじめ一定数の人を不快にしてるんなら、もういいやって思えてきた」
「で、どうすんだ?」
「やめるよ。この甲子園が最後だ」
「……何だと?」
芯太郎は二人と鷹野を使って壁を造り、その中でバンダナを取って見せる。大麻と望田は大して驚かなかったが、事情を知らない鷹野は笑いをこらえるのに必死だ。
「ぶはっ! た、大器晩成、38歳でキャリアハイやんか……くっ、笑い殺す気か!」
「もう、どのみち呪いに対して精神が持たないところまで来てる、らしいんだ」
「それで、やめるってのか? 前にも言ったが、お前の守備ならプロに行ってもトップクラスだぞ」
芯太郎は力なく首を振る。
「それ以外が駄目だからね、俺は」
「それがお前のケジメならいいだろう。けど佐那はどうするのかな?」
「……」
望田はふぅ、と感情を詰め込んだ溜め息をついた。
「お前を逃がしはしない。この甲子園で俺に負けたら、シン。佐那の眼の責任をとるんだ」
芯太郎の背筋が伸びる。体が明らかな強張りを見せていた。大麻も予想外の提案だったのか、間に入って止める。
「征士郎、それは……」
「約束しろ、芯太郎。その代わりお前が勝ったら、俺達は今後一切この事には言及しない。佐那も二度とお前の眼の前に現れない様にさせるさ」
芯太郎は明らかに動揺していたが、二回、深呼吸をする事で何とか言葉を紡ぐ。
「……分かった」
「俺と当たった時にそのルールを適用しよう。俺は必ず残るよ。必ずね」
望田の漲る自信が、芯太郎を委縮させに来ている。それでも今日の芯太郎は、何とか反撃を試みる。
「倒すよ」
「……なんて言った?」
「この会場に来てる奴。誰と当たっても俺は……負けない。甲子園の左中間は俺が封殺する」
「お前ともあろうものが、外野守備を甘く見過ぎだ」
芯太郎の発言に、二人は呆れ顔を見せる。それでも守備の話になると、芯太郎は一歩も引かない。
「本気かよ?」
「征士郎だろうが、タイマだろうが、俺は負けない。だって最後なんだから」
「……」
「抜かせないよ。ただの一本も」
鬼気迫る顔をしている。この芯太郎を、二人は一度だけ見た事がある。シニアの試合、芯太郎が一人で全打点を叩き出し、左中間を完全封鎖した伝説の試合。
――こいつ、本気で言ってる……。
「まぁ、まずはその関西の人を倒すんだな、芯太郎」
「面白い事言うてくれるやないけ、斎村。いきなり血祭にあげたるわ」
「話はそれだけだ。じゃあなシン。約束を忘れるな。お前の罪は償ってもらう」
三人が散っていく。一人会場に残っている芯太郎を、朝比奈と里見がようやく引っ張って連れて帰る。
「何やってたんだよ、芯太郎」
「あ、ゴメン。他愛もない話してた。気にしないで」
「バス行っちまうぞ。ほら、走った走った」
二人も、先ほどの会話を聞いて肝を冷やしていた。
――左中間完全封鎖……本気で言ってるのか?
――でもあり得る。こいつならあるいは……。
その様子を、もう一人。真柄忍がカーテンの陰に隠れて見ていた。珍しく、ゲームをしていなかった。
「これが、最後ねぇ……」




