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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
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69回:持ってる男

「何があったのさ」

「すまん……ホントに少しでいいからほっといてくれ」


 成田が声をかけても素っ気ない。鷹野との格の差を見せつけられた朝比奈の凹み具合と関係無く、抽選会は進行していく。


「大阪代表・池山学院、24―A(七日目第二試合)!」


 四九校の先陣を切ってクジを引く鷹野。眩しいくらい堂々とした振る舞いで試合日を決める。大会五日目第三試合以降を引いた高校は、二回戦からの登場となる。


「愛知代表・一久実業、19―B(六日目第一試合)!」


 大麻がクジを引いて戻ってくる。そして三重代表・敦也学園の番がやって来たのだが……。


「敦也学園、25―A(七日目第三試合)!」


 会場が一瞬ザワついた。25-Aは全体の第一試合の勝者と当たる……即ち一番最後に登場する高校という事である。

 唯一、一回戦を戦って消耗している相手との試合が初戦となる。二回戦からの登場組の中でも僅かながら有利となる場所だ。


「望田……あいつも持ってやがるな……くそう」

「さっきから何をブツブツ言ってんだよ」


 クジを引き終わって席に戻ってくる望田が智仁の近くを通る。芯太郎が一にらみされたので、椅子の奥に隠れてしまった。


「可愛らしい事してねーで出て来いよ。そろそろ朝比奈の番なんだから」

「えっ、もう俺!? これテレビ映る!?」

「映るよたぶん。静岡のローカルニュースは朝比奈一色さ」


 一色はあり得ないが、少なからず露出の可能性があるという事実が、目立ちたがり屋の朝比奈を立ち直らせた。


――単純な奴。


 誰しもがそう思ったが、知らぬは本人ばかり。俄然張り切って順番待ちの場所へと移動する。


「広島代表・小早川東高校、12―B!」

「よっし、遂に俺の晴れ舞台だ!」


 しかしここに来て智仁高校の不安は一気に増大した。残りは五校しかないのにも関わらず、よくよく気づいて見ればトーナメントの左右の端っこ……一日目第一試合と七日目第二試合がぽっかり空いている。


「やべぇよ、第一試合なら二回戦で敦也学園……望田とじゃねぇか」

「七日目なら鷹野のいる池山学院……どっちもBIG3じゃねーか!」

「その辺は避けろ、朝比奈!」


 皆が手をすり合わせて祈り始めた。だが伊集院と高坂は何となく大丈夫な予感があるのか、ふんぞり返って余裕を見せる。


「大丈夫だよ。アイツ案外地味だから、地味~な日にち引いて来るって」

「確かになぁ。今までも初日とか最終日は引いた事あらへんかっ」「静岡代表・智仁高校、24―B(七日目第二試合)!」「ったし……って、はぁぁぁ!? 今何ちゅうた!?」


 やってしまった事に気づかない朝比奈は、笑顔で手を振っている。テレビ映りだけを気にしているらしかった。


「ほら、お前らが祈らないから……」

「お、俺らのせいちゃうやろ!?」

「い、池山学院かよぉぉ……センバツ準優勝校じゃんかよぉ」


 余裕だった伊集院が忽ち情けない声をあげる。朝比奈はニコニコしながら帰ってくる。帰路で鷹野に「君も案外持っとるやんけ」と皮肉を言われても満足げだ。


「馬鹿、死ね! なんつーところ引いて来るんだお前は!」

「構うかよ。どうせ倒さなきゃならん相手だろ。真柄が満タンの時に当たっといた方がいい」

「え……お、おう」


 朝比奈は勝つ気であった。久しぶりに、頼れる主将っぷりを発揮したためか、部員たちの浮足立った感覚が地についた。


「そうだな……俺達は優勝しに来てるんだ」

「そうだ。こっちには天才真柄と、左中間の悪魔だっている。な、芯太郎!」


 その芯太郎の姿がなかった。全てのクジ引きが終わり、各校が帰り支度を始めている時だというのに行方不明。嫌な予感が伊集院や里見の胸中によぎる。


「あ、見つけた!」

「どこだ? さっさと連れ戻すぞ」

「いや、その……」


 三人の影に囲まれて縮こまる芯太郎が、会場の隅にいた。


「カツアゲ現場じゃねーか」

「取り囲んでるの、BIG3だよ。鷹野と大麻と望田」

「三人ともでけーなー」

「ボーっと見てる場合か! 朝比奈、行くぞ!」


 巨漢の鷹野を背景に従え、大麻と望田が芯太郎に詰め寄る。


「芯太郎が甲子園に来るとは思わなかったよ」

「いやホント。かつての幼馴染が、三人とも甲子園に出れるとはな」

「三人、か……」

「……佐那は?」

「今日は来てない。宿舎だ」


 一件、昔語りに花を咲かせている様に見えるが、三人は目で会話をしていた。


――どの面下げてここに来たんだ?


 二人はその一言だけ、口では無く目で言いに来たのだ。だが、芯太郎の表情は二人にとって少し意外だった。


「今日は堂々としたもんだな、芯」

「まぁ、ね……俺も罪悪感で胸がいっぱいだった。髪の毛ももうほとんど抜けた」

「ご愁傷さまだな」

「で、思ったんだよ。俺って一体、何のために野球やってるのかなって」


 芯太郎の発言がBIG3の度肝を抜いて行くのは、このすぐ後の事であった。

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