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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
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68回:世代の主

「あれ? ツタが無い」


 遂に智仁高校野球部が甲子園の土を踏む時が来た。高校まで野球をやっていると、『甲子園に観戦に行った事がない』という人間はかなり少数派である。そんな中で、舞子はただ一人甲子園の蔦事情を知らなかった。


「『ツタの里帰り』って言ってね。ちょっと前……確かライオンズが日本一になったぐらいだっけ? 一旦取っ払われて、新しい苗が植えられたんだ。あと数年立つと元のモジャモジャに戻るんだよ」

「へぇ~」


 博識な成田が舞子に説明している。オホン、と朝比奈が咳払いを一つ。


「急げよ、練習時間は30分しかないんだ」


 甲子園の練習時間は、朝比奈の言う様に30分しかない。準備に手間取るだけで、甲子園の土を踏みしめる時間がみるみる減っていくと考えたら、必死にもなろうと言うもの。

 何度か写真撮影をした後、いよいよ練習開始。智仁高校は30分中15分をシートノック、残り15分をシートバッティングに当てる。


 その中で、誰よりも躍動している男がいた。斎村芯太郎その人である。


「レフト!」


 ノッカーを務める壇ノ浦の檄と打球が飛ぶ。高々と上がるのはレフト線のポール前。深めに守っていた守備範囲のギリギリを、グラブの先っぽでつかみ取る。

 更に5球後、今度は一死ランナー二塁の想定でレフト前にゴロが転がる。深めに守っていた芯太郎は定位置前まで全力疾走し、ワンバウンドのストライク返球を披露。


――仕上がってる。


 鬼気迫る守りっぷりに、誰もが息を飲んだ。


 十五分立つと、ケージに守られながら竹中、そして真柄がマウンドで投げる。放られた生きた球を野手陣が打っていく。


 竹中のストレートを、朝比奈がドンピシャのタイミングで振り抜く。真芯で捉えたその打球は、ピンポン玉の様にスタンドイン。

 高坂・里見も同様の打球を飛ばす。特待生組の仕上がりは抜群と言えた。なお、芯太郎の打撃はいつも通り、ポップフライ製造機。それも含めて、初出場の割にいつも通りの野球が出来ていた。


 気になるのは、真柄が明らかにスピードボールを抜いて投げ、更にインコースの球を一球も投げなかったという事ぐらいであった。

 


                      ******


 練習を終えた一行は取材を受けながら、帰り支度を始めていた。

 そこに、次に練習予定が入っている大阪代表・池山学院の野球部がやってくる。


「お、鷹野たかの君! いいところに来た。同じ主将として朝比奈君と一枚頼むよ」

「朝比奈……?」


 帽子を取っている朝比奈を一瞥する鷹野。身長190センチ近くある巨漢に見下ろされ、流石の朝比奈も少し身を引いた。


「んー、ちょっと知らんな……静岡の茶坊主は」

「……今、何つったかなぁ?」


 喧嘩っ早い朝比奈の事、当然険悪なムードが生まれた。だがもう毎度の事で慣れているのか、誰も止めに入らなかった。里見だけが必死に止めに行く。


「なんやなんや。静岡は茶が名産なんやろ? 俺の博識をちーっと晒しただけやんか」

「ガルル……」

「抑えろ朝比奈! 写真撮られるぞ」


 鷹野は周りを見渡すと、一人の男に目を止めた。


「この朝比奈君は今知った。が、お前は前からよう知っとるでぇ。伊勢神宮の斎村ァ」

「鷹野……だっけ」

「君のお友達の大麻。それに松阪の望田……あいつらも来とるらしいやないか。俺ら豊国シニアに負けた事ォ、覚えとるやろ?」

「あった様な……無かった様な……」

「……覚えてへんのか?」


 鷹野はテンションを落とすともう一人、見知った人間に声をかける。


「……お前もじゃ。真柄忍」

「は? 何か?」

「お前、福井の真柄忍やろ? 俺を忘れたとは言わせんぞ」

「ん~……誰だっけか」

「クッソ、昔の事すぎて覚えてへんか!」


 会話にならない二人に痺れを切らしたか、もう話の締めに入る鷹野。


「ええかお前ら。この世代は『鷹野世代』なんじゃ。そこんとこよう覚えとき!」

「ふざけんな! 『朝比奈世代』にしろ!」

「張り合ってどうすんだよ。いい加減にしろ、帰るぞ朝比奈!」


 時間が迫っているため、里見の怪力で強制退場させられる朝比奈。


――今大会のどっかで池山と当たったら、あの野郎! 必ずぶちのめしてやる!


 波乱の甲子園練習が終わった。


                    ******


 どこかで当たったら。そう考えていた朝比奈だったが、考えてみれば池山は去年夏の優勝校。深紅の優勝旗の返還役だ。

 あまりにも格が違い過ぎるのではないか、と一瞬弱気になりながら抽選会の日を迎えた。


「智仁高校、抽選番号は45番です」


 抽選番号は、そのままトーナメントの場所を決めるクジを引く順番となる。何ともドキドキする後の方の番号を引いてしまった。

 実は抽選番号1番を引くと選手宣誓を務める事になっている。もしかしたら、と朝比奈は思っていたが、どうやらそこまで持っている人間ではなかったらしい。


「お、君は……確か朝比奈君やったな」

「鷹野……こんな遅く来るとは余裕だな」

「そりゃ君が早すぎるんやろ? あ、お早うございます。池山学院です、クジを引かせてください」


 帽子を取って係員にお願いする鷹野。意外にも(最低限の)礼儀は弁えている男だった。


「あ、凄い! 池山学院・鷹野君、抽選番号1番! 選手宣誓です、おめでとうございます」

「何ィィィ!?」

「あちゃー、またやってしもたか」


 朝比奈がそこで目の当たりにしたのは、鷹野という男のスター性であった。何と抽選番号1番、選手宣誓を目の前で引き当てられたのである。

 

「お、お前……」

「いやな朝比奈君。俺、昔から最終学年の選手宣誓は宿命やねん。小・中・高ともう三回目やで。あ、全国以外やったらもっとあるか」

「いやいやいや、おかしいだろ! どんな確率だよそれ」

「持っとるからなぁ、俺」


 ショックを受け、フラフラしながら朝比奈が席へ辿り着くと、智仁ナインが不安そうに見つめてくる。


「何があった?」

「……ほっとけ」


 そんなこんなで、運命の抽選会が始まろうとしていた。

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