表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏 ――殊勲の章――
68/129

66回:技を借りるぜ

「えー創立からはや二十年。伝統ある進学校であると共に、ささやかな願いとしてスポーツの栄光、特に野球部の甲子園出場を私は夢見てきたわけでして……」


 祝勝会場。こういう時、校長の話が長くなるのはお約束である。飲料水がなみなみ注がれたコップを持つ生徒や保護者、OB会の手が震えはじめる。


 そんな中で芯太郎は会場のベランダで一人、腰掛けていた。


「一番の主役が何やってるんだよ」

「別に、主役じゃない」

「お前が主役じゃなかったら俺は何だってんだ」


 気づいた朝比奈が近づいて来る。


「今大会守備率10割、まぁ打率はあれだが初ヒットが決勝ホームラン。甲子園行きの切符は紛れもなくお前のお蔭だ」

「朝比奈が俺を褒めるなんて、明日は雨が降るね」

「最上に悪い事をした、なんて思ってないだろうな」

「それは……」

「あの場面で打てるのはお前しかいない。皆感謝してるさ。それに俺は今日のホームランで思ったよ。お前の起用法はやっぱり、代打の切り札の方がいいと」


 乾杯前に飲みほす豪胆さを見せつける朝比奈。


「だが守備得点という考えでいけば、俺が間違ってるってのも納得せざるを得ない」

「考え方はどっちでもいいよ。俺は打撃がキライで、守備がスキなんだ。代打でバッティングだけやれと言われたら、正直ゾッとする」

「俺はお前のそういう考えにゾッとしねぇな」


 飲んでいいかと思ってチビチビ飲み始めた芯太郎が、横目で朝比奈を睨む。


「人それぞれでしょうよ」

「本当に打撃が嫌いなら、振らなければいいだけだろ。振るから『打てなくなくなって』バットに当たるんだろ」

「……好きで振ってるわけじゃない」

「お前の過去の事を聞いたら、そりゃ神経がおかしくなるってのは分かる気がする。でも野球に関わっている以上、打撃が嫌いってちょっとあり得ないとしか思えない」


 熱くなって身を乗り出してきた朝比奈を、消耗した握力が制した。


「真柄、エースは会場に残ってろよ」

「いやいやいや。主将がいないとかあり得ないでしょ~」

「どうせあと30分は続く。心行くまで語らせてやるさ」


 首を振りながら会場を指さす真柄。朝比奈は渋々戻っていく。


「全くモテモテだね、芯太郎は~」

「こういうモテ方は嫌だよ」

「まぁ、その頭じゃねぇ」


 もはや乾杯の合図など誰も待っていないのか、真柄もペットボトル20本も貰ってしまったオレンジジュースの消費に着手し始めた。保護者会の仕業である。


 そこで突然、芯太郎がバンダナを取り払ったため、真柄は噴き出した。


「げほっ、ツルッツルじゃんか~。これには忍もドン引き」

「どう思う?」

「高1の時はちょっと10円が何個か埋まってるとだけ思ったけど、二年で落ち武者になって……今じゃ見事にライオンズ→ドラゴンズになってるね~」


 率直な意見に溜め息をつく芯太郎。


「じゃあ聞かなきゃいいじゃんか~」

「今日、最上が高めの速球を投げてくれなかったら、朝比奈を殺していたかもしれない。打球が上ってなかったら」

「あのね。三塁ランナーがそんなちょくちょく死んでたら、野球なんてとっくに廃れてるから」

「それぐらいのストレスだって事だよ。どうやったって、何を変えようとしたって三塁線に打球が飛んでしまう。体が同じ動きをしてしまうんだ」


 肩に手を置く真柄。筋肉を掴むその弱弱しい掌が、消耗具合を告げていた。


「打撃は嫌い?」

「何を今更。知ってるだろう」

「でも毎日、シャドウしてる俺の横で素振りをしてた」

「振るのはその……別なんだ」

「ふーん……」


 ニヤニヤしながら、どこに隠し持っていたのか携帯ゲーム機を取り出すと、電源スイッチを押してしまう真柄。


「まぁ安心しなよ。もうすぐ終わるんだからさ。どう転んでも8月には終わる」

「国体があるかもしれないだろ」

「無いよ」

「いやいや、ベスト8に入ったらの話」

「入ってもないんだよ」

「は……?」


 真柄はそれ以上何も言わなかったが、どこか虚ろな目をしたかと思うと、何とゲームをしながら寝息を立てている。連戦で体力を使い切ってしまったらしい。


「国体が無いって……一体何を?」


 校長の話は、まだまだ終わりそうになかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ