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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏 ――殊勲の章――
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63回:秘打・サンドウェッジ

 ワンバウンドするフォークの投球結果は、基本的に二種類しかない。

 『見送り』か『空振り』。この二種類である。つまりは結果は打者に依存する傾向にある。

 途中まではストレートに見える。故に準備が出来ていなければ、まず空振りを喫する球。回転の少なさを瞬時に見極められれば、見送ってボールカウントを一つ増やすか、場合によってはパスボールも誘える。


 リスクはあるがどちらにしろ、打たれる事はない。そう投手が確信するのがワンバウンドする低さまで落ちるフォーク。最上も芯太郎がスイングを始めた瞬間に、勝ちを確信した。


 だがボールは、キャッチャーミットに収まらなかった。


                       ******


「打った!」

「嘘だろ、バウンドしたフォークだぞ!?」


 バンカーから脱出するゴルフボールの様に、打球は上がった。しかし打球に伸びは無い。流石にジャストミートはできなかったのか、打球はフラフラとレフト線に落ちていく。


 それでも、長打コースである。


「レフトォー!」


 滞空時間の長い打球の怖さは、二死の場合にランナーがスタートする事である。落としたら即戦犯。恐怖のフライがレフト線。左翼手は命懸けで飛び込んでいく。


「落ちれば二点打は確実だ!」

「落とせ、落ちろーッ!」


 白い粉を散らし、飛び込んだ左翼手の体が回転する。三塁塁審が駆け寄って、高々と手を上げて判決を下す。


「アウトーッ!」

「な、なんだよそれーッ」


 智仁ナインのガッカリ具合は半端では無かった。ランナー三塁の芯太郎の打率は七割超。期待通りに最上から二点タイムリーを奪ったはずだったのに……。


 打ち取られたはずの芯太郎は飄々としていた。逆に打ち取ったはずの最上は、自分の決め球をダシに神技を見せられた。唇を震わせて背中を睨み付けている。


「斎村……あの野郎ォ」


                    ******


 8回の攻撃が終わった。両校とも三者凡退に終わり、残るは9回の攻防のみ。どんよりした雰囲気を払拭すべく、朝比奈はいの一番に円陣を組み上げた。

 

「去年もここからだった! あの時は俺のせいで甲子園を逃したが……今年は違う。いいか、俺は必ず出る! 一人もアウトになるんじゃねーぞ!」

「おうッ!」


 壇ノ浦はまだ、黙っている。レギュラー陣の士気は高く、先頭打者の成田が打席に向かう。

 しかし。


「ストライーッ! バッターアウト!」


 『あと二人』という声が微かに、どこからか聴こえて来る。


――そうはさせねぇ! 俺達の夏はまだ終わりじゃねー!


「三番、ショート、朝比奈……君」


 ルーティーンの最中、ベンチでスコアをつけている舞子を見る。恋人を視界に入れる事で心を落ち着けたかった。このまま負けて、泣いて悔しがる姿も、そりゃあ絵にはなるだろう。だが、自分は笑って舞子を抱きあげたい。


 自慢の男でいたかった。


 そんな朝比奈の心積もりなど露知らず、最上は第一球を投げつける。

 アウトサイド、腰の高さのスライダー。ストライクを取って来た。


「この場面でも全く迷いがないんだな」

「当たり前だ。斎村に回さなければ、ウチの勝ちなんだからな」


 捕手の挑発にも耳を貸さず、朝比奈は最上のフォームからいち早く球種を分析すべく集中する。

 そして、結局分析できずストレートにヤマを張った。


 そういう時は、案外ストレートが来るものである。


「来たぁ!」


 金属音が痛烈な当たりに華を添える。まるで芯太郎の様な、三塁線を破る痛烈なツーベース……と思いきや、何と朝比奈は三塁を狙っているではないか。

 三塁コーチも回している。レフトがクッションボールの方向を見誤るところを、一塁を蹴ったあたりで目視していた朝比奈。悠々の三塁到達である。


「オラ出たぞ! 死んでも繋げよ!」

「任せろ!」


 特待生組が躍動する。続く里見も、精度が落ちてきた最上のスライダーをミートし三遊間を破った。完封目前、最上は初得点を献上してしまう。


「よし! なおも一死一塁!」


 だが一部の玄人は気づいていた。この形、一点をやってもランナーを三塁から掃除出来た、と思うべきだと。最上は明らかに投げやすくなっていた。


 事実、真柄には初球、二球目とフォークを連投する荒業を披露した。


「打てないわこりゃー」

「真柄! 最後だぞテメェ、真面目にやれ!」


 ニッコリと笑うと、真柄はまたもや何かブツブツと唱え始める。


「パワーエーミートエーソウリョクエー」


 不気味さを感じた三塁手が、強烈な打球を警戒して一歩下がる。その隙を、真柄はチラ見していた。

 三球目。インコースのストレートに、意表をついたセーフティバントを決めた。


「何だとぉ!」


 叫びながら前進する三塁手だが、もう遅い。走力もある真柄は送球する間も与えず一塁を陥れた。


「流石真柄! 天才!」

「伊集院、頼む! キッチリ送ってくれー!」


 そう、ここでの伊集院の仕事もやはり決まっているのだ。三塁まで送らないと、芯太郎でゲームセット。だが三塁まで送る事ができれば、同点の可能性が一気に高まる。


「できる……できる!」


 一世一代の送りバント。甲子園行きの第一ステップ突破は、伊集院の職人芸に託された。


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