表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏 ――殊勲の章――
64/129

62回:リーチをかけろ

「アベレージヒッターギャッキョウマルチャンスヨン……」


 念仏の様な物を唱えながら、真柄が打席を踏み固める。1アウト一・二塁。ダブられなければ芯太郎まで回るが、打順が良すぎる。ここで五番の真柄にバントでなく強打をさせるのは、当然の選択と言えた。


「ふぅー」


 大きく息をつく最上。スピードの平均は既に2~3キロ落ちてきている。150キロはもう出ない。三連打の可能性も十分ある。

 外野は浅めに守っている。ワンヒットでホームは難しいが、その代わり外野の頭を越えやすい。真柄には長打もある事を、智仁ナインは知っているがために期待する。

 

 そして初球。頼みの綱のスライダーを思い切り引っ叩く。


「もらい~」


 ジャストミートの打球だが弾道が低すぎた。ショート真正面のライナーに反応し、体を捻りながら二塁バースへ飛ぶ朝比奈。コンマの差でボールの転送よりも早く手が届いた。


「セーフ!」

「っぶねぇー」


 火の出る様な当たりが野手の正面に飛ぶ。これも、勝てる投手の条件の一つ……『持っている』という事であろうか。

 最上はここぞの場面で長打を喰らわない粘り強さがあった。


「弾道あげるの忘れてた~。ごめん伊集院、あとよろしく」

「お、おう! 任せとけ」


 ウグイス嬢のアナウンスが、伊集院の筋肉を硬直させる。


「6番、ファースト、伊集院……君」

「お、おねあいしゃーす!」


 緊張しきった体を少しでもほぐすため、大きく体をのけぞらせてホームラン王(ベネズエラ出身)の物真似を披露する。その構えとは裏腹に、この場面でやる事は地味な仕事である。


 壇ノ浦からの高速ブロックサインを解読すると、打席の一番前に正対気味にスタンスをとる。あからさまな送りバント。

 が、この送りバント。成功して当たり前というものではない。大一番の送りバントは、後の事を考えると恐ろしいプレッシャーとなって襲い掛かる。何しろ失敗したら無駄死になのである。野球には「流れ」を信じるか否かでよく論争になるが、あっても無くてもバントの失敗は確実に悪い雰囲気を漂わせるし、投手を一気に立ち直らせてしまう回復アイテムに早変わり。


 結論から言えば、伊集院はバントを失敗した。


「キャッチぃ!」


 最上の145キロに気圧されたか、捕手への小フライ。なんと無死1・2塁から、一つも駒を進められないまま芯太郎に周ってしまった。


――何やってんだ伊集院! これじゃランナー無しと変わらねぇ!


 誰もが文句を言いかけたが、震えながら戻ってくる伊集院を見ると、とても気の毒でそんな事は言えない。誰しも知っているプレッシャーなのだから、我が身に置き換えれば仕方がないと思えた。


 だが二塁ベース上の朝比奈と一塁ベースの里見は不満感を全開にしている。いたたまれない雰囲気の中、芯太郎は打席に入る。


「斎村ァ! ここまで二打席凡退だ! ここで引導を渡してやるぜエセスラッガー!」


 途端に最上のテンションがMAXになる。エメリーボールでも投げるのかというほどに硬球に爪を立て、誰がどう見ても力んでいるのが分かった。


「喰らえ斎村!」


 初球、147キロ。芯太郎は腰砕けのスイングで振り遅れる。


「おらぁ、一本勝負だァ!」


 自分の世界に入り込んだ最上は止まらない。二球目は146キロ、ボール球。見送ったのではなく、芯太郎には手が出ない。反応ができない。


 三振は時間の問題であった。

 だがこの絶望的な展開の中、朝比奈だけは気づいていた。先程から最上が、全くランナーを警戒していない事を。


 何か怒鳴りながらセットポジションにつく最上が足を上げた瞬間、朝比奈は三塁へ走る。


「走った!」

「うわ、完全に盗んだ!?」


 投球は145キロ、ど真ん中ストレート。ツーストライクと追い込まれたが、朝比奈は『三塁に到達した』。


――お膳立てはしてやったぜ。どうすんだ、芯太郎!


 ここまで芯太郎の打率は、電光掲示板に表示してある.000。なんと.000なのである。

 内野安打もポテンヒットもない守備の人。ここでチャンスを任せるには荷がきつすぎる人材……。


「面白ぇ……受けてみろ斎村!」


 なんとランナー1・3塁にも関わらず、最上は振りかぶった。里見は悠々と二塁に走る。朝比奈は本塁を狙う素振りを見せて動揺を誘う。

 だが、最上は芯太郎しか見ていなかった。


「この俺の……決め球だぁぁーーッ!」


 芯太郎の神主打法が、ステップ2ほどに入ったころ、指からボールが離れた。縫い目が見える=回転数が少ない事から、フォークと判断するまでにコンマ数秒。そこからバットを軌道修正しても、間に合わない。伝家の宝刀フォークボールで、最上は勝ったかに思われた。

 

 ワンバウンドするほどの落差のフォークボール。そのバウンドしたボールを、キャッチャーが体に当てて止めようとしたその時。

 止めようとしたボールが、視界から消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ