６１回：ノーノーノーサンキュー
「有り得ねぇ……ここまで球速が落ちないとは」
試合は６回まで進行していた。智仁高校は真柄続投、そして４番の最上の時に芯太郎がリリーフにあがるという継投で、６回を３失点。クオリティスタートを決めていた。
そこは上々。だが問題は相手のエース・最上の圧巻のピッチング。ＭＡＸ１５１キロのスピードを保ったまま、何と６回までに許した被安打は……。
「ノーヒットノーラン。そろそろ意識してそうだな」
スコアボードを見ると、智仁のＨ欄にはＬＥＤで０が描かれている。四死球はあるものの、ヒットでの出塁はこの試合一度もないのだ。
そろそろ、智仁ナインに焦りが見られてきた。
「たまるかよ……今年も、ここで終わってたまるかよ！」
去年の戦犯が打席に向かう。精一杯の希望を込めて『ギガディーン』の演奏が始まる。
「パパパーパパパパッパラパッパッパー！」
「来い！」
こんな時でも、気持ちを落ち着かせるためのルーティーンは欠かさない。ここまで二打席、朝比奈はスライダーを打たされて内野ゴロ二つ。
だがバットに当たっているのは朝比奈含め里見、真柄の三人だけ。そう言う意味では期待が持てる。
――本来こういう場面ではスライダーは捨てていくべき……だけど、それでも俺は敢えてスライダーを待つ！
スライダーに合っていない自分に、相手バッテリーがスライダーを使いたがるのは当然の事。つまり、この打席中のどこかで来る事が分かっている球なのである。
逆にそこに張る。勝負師朝比奈は一途にスライダーを追いかける事にした。
最上がグラブをクイと動かして、ワインドアップのモーションを開始する。それに合わせて、過去二打席の対戦から測ったタイミングに従い心構える朝比奈。
――狙いは真ん中に甘く入るスライダー……初球から待っているとは思うまい。１、２、の！
３のタイミングで初球攻撃。朝比奈の狙い通り、やはり合っていないスライダーでストライクをとりに来た。だが朝比奈は結局タイミングを合わせられないまでも、ボールを芯で捉える事には成功した。
「セカンド越えろ！」
流し打ちの格好になった打球はジャンプしたセカンドのグラブを掠め、外野へ落ちた。打球に勢いがないため右中間を割る事はなかったが、ノーヒットノーランはこれで崩れた。
「っし！」
派手にガッツポーズを見せて、少しでも最上が動揺する事を願う朝比奈だったが、最上は淡々とセットポジションに入ろうとしている。芯太郎以外は眼中にないのだ。
「ナイバッチ朝比奈！」
「ノーノー破れたりー！」
それでも観客席はやんややんやである。ベンチの暗い雰囲気も、主将の一振りで払拭された。
「４番、キャッチャー……里見、君」
里見のヒッティングマーチ『アフリカン・オブ・シンフォニア』が流れ、百獣の王を思わせる壮大な雰囲気に球場が包まれる。
里見は先程のスライダーの甘さを見て、最上も少しづつ握力が落ちていると感じていた。
――俺にバントのサインは出ない。恐らく勝負所はここではなく……。
チラリとベンチで水分補給に勤しむ芯太郎を見やると、指を折って彼までの打順を数える。
「もう一人、ランナーが必要だな……」
打席に入った里見は、まずサイン確認。当然の様に好球必打。里見に関しては、基本壇ノ浦は指示を出さない。
そこで里見は第一球、指示にないセーフティバントを試みる。慌てて三塁手がダッシュして来るが里見はギリギリでバットを引いた。牽制である。
にも関わらず、投手である最上はダッシュしてこなかった。怠慢守備というより、里見がバントして来ない事を見抜いていた様な感じだ。
――まず罠は敷いた。朝比奈！
ヘルメットの耳当てを三回叩く。これは、朝比奈と里見の間で決められたサイン交換である。
第二球、投球モーションと同時に再びバントの構えを見せる。サードは今度もダッシュしてくる。送りバントが十分考えられるのだから、ダッシュしないわけにはいけない。
だが今度は、先程と違いランナーの朝比奈も動いた。
「走ったァーーーッ！」
内外野全員が、バッテリーに盗塁を報せるために叫ぶ。それに連動して、二塁手はセカンドベースへ移動しようとする。が、この時点で里見がバントの構えを解いていた。
「バスターだと！？」
バスターゆえに最上の直球には振り遅れる。力のないゴロが二塁正面へ……だが、そこにセカンドはいない。盗塁への備えが早すぎた。
「よしっ！ ライト前ヒット！」
「偉いぞ里見、良く繋いだ！」
里見は一塁をオーバーランし、次の塁を狙う隙を伺いつつ一塁へ戻っていく。
――あの二塁手、一度に入って来た膨大な情報を捌き切れなかったな……狙い通りだ！
これでダブられなければ、芯太郎に打席が回る。だが、まだ一・二塁。芯太郎に期待するには、三塁まで駒を進める必要があった……。
