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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏 ――殊勲の章――
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60回:困惑のリリーフ

 里見は自らのリードを恥じた。思いのほか、一球目のインローが想像通りのコースに来たため、もう一度同じ芸当ができると思い込んでしまった。それができないから、今の真柄は危ないという話だったのに。


 里見はタイムをとってマウンドへ向かう。


「悪いね~」

「今のは俺の責任だ。それより向こうの作戦、どうやらシュート回転のストレートが甘く入ったところを狙うみたいだぞ」

「ま、俺相手の対策だったらそんなもんだろうねー」


 案外、真柄の精神的ダメージは少ない様だったので、里見はホッとする。まだまだ、立て直せる。


「ストレートは見せ球に使う。ストライクとボール、出し入れできるか?」

「わかんない。俺じゃなくて俺の投げるボールに聞いとくれ」

「……分かった。狙うだけは狙って投げろ」

「う~い」


 里見がキャッチャーボックスに戻ると、ニヤニヤしながら4番の最上が待っていた。


「何だよ」

「何を話してたか、手に取る様に分かるぜ?」

「はぁ、盗聴でもしてるのか?」


 軽口を叩いて誤魔化した里見だったが、本当に読まれている可能性も考慮しなければならない……と思っていたところに更に煽られる。


「ストレートは打たれたから、今度は変化球主体ってか? お前、特待生らしいけど案外単細胞なんだな」

「少し黙れ最上。主審に怒られるぞ」

「ふっ、まぁいいさ。俺も憎き斎村の頭を越してやるからよ」


 里見は、これ以上間を置くのを嫌った。素早く外角ストレート、大きく外す様にサインを出す。


「ボール!」


 予想以上に大きく外れた。握力不足?からくるコントロール低下に拍車がかかっている。二球目は、インコースにスライダーを要求するが……。

 ストライク球が、真ん中に入った。


――しまった!


 そして不幸にも最上の狙い球と一致した。高校生らしからぬ救い上げるスイングは、放物線を描きながらレフトスタンドへ……。


「……お?」


 放物線の角度が高すぎた。この滞空時間なら、芯太郎が追いついてしまう。既に芯太郎と打球との距離は、射程圏内と呼べるまでに近づいている。


「馬鹿め斎村! スタンドに入っちまえば捕れねぇ!」


 最上の言葉など届く由もなく、レフトポール際のフェンスに駆けあがり、三角飛びを試みる芯太郎。「その打球を捕るのか!?」とか、「怪我したらどうするんだ馬鹿!」とかその場のほぼ全員が背筋を凍らせる跳躍だった。


 だが結果として、アウトにもホームランにもならなかった。芯太郎のグラブにもポールにもかすらず、そのまま打球はファウルゾーンへ。芯太郎の安否に注目が集まったが、何とか足を捻らずに着地できた。観客から拍手が起こる。


「ちっ、ヒヤリとしたぜ……アイツだけは殺す」

「……」


 最上は少しも惜しがっていない。次も同様の当たりを、今度はフェアゾーンに打ち直せるという確信があるからだ。今の真柄のコントロールでは、最上を抑えられない。里見の頭に一瞬、敬遠の二文字がよぎったその時。


「里見!」


 壇ノ浦が親指と人差し指をスイッチさせている。あのポーズは、投手交代のサインだが……。


――誰と?


 普通に考えれば二番手投手である三塁手・竹中とだが、壇ノ浦は首を振って左中間に指をさす。


「し、芯太郎と!?」


 既にブロックサインの意味を理解した投手と左翼手が、お互いのポジションに向かって走り出している。


「お、おい! 真柄!」


 展開についていけない里見だが、仕方なく主審に交替を告げる。


「芯太郎、ピッチャーできるの?」

「真柄こそ外野できるの?」


 普通は投手のプライドを傷つける滅茶苦茶な采配であるが、真柄が余りにもサバサバしているのでまかり通ってしまった。しかも今の今迄レフトにいた芯太郎である。急造にしたって、肩ができていない。


「どうしろってんだ、俺に……」

「あー、一応球種はストレート、カーブ、スライダーだから」

「えっ、変化球? お前、投手未経験じゃ」

「三年ぶりかな。シニアでは三番手投手だった」


 里見は最上に目をやる。持てる握力を使ってグリップエンドを鷲掴み、芯太郎に呪いの視線を送っている。何だか分からないが、とりあえず物凄く力んでいるという事実は確認できた。


 投球練習を始める。得られた情報はどうやらスピードはMAX125程度、カーブとスライダーも変化は少ないが、ストライクは獲れそうだと言う事だった。実際に打者と相対した時に、どれだけの誤差が生じるかが問題だが……。


 とりあえず壇ノ浦の考えは大体わかった。投手経験者なら、スピードを殺せばストライクを奪う事は出来るだろう。そこを力んだ最上が打ち損じてくれるかどうか、という狙いなのだ。


「OK。ストレート、カーブ、スライダーの順でグーチョキパーだ。コースは指示しない」

「分かった」


 全員が所定の位置につくと、最上がガツンとホームベースに一撃を加えた。


「君ィ」


 主審の注意に頭を下げるが、明らかに頭はカッカしていた。

 カウントは1-1。スライダーで微量な変化を与えれば、打ち損じる可能性が高かった。


 緊張の初球。芯太郎はしっかりと外角ストライクゾーンにスライダーを曲げてきた。


「舐めるなッ!」


 最上はバットの先ながらもスライダーをミートする。詰まった当たりだが、芯太郎の足元を抜けて二遊間のど真ん中に打球が転がる。


「ショート!」


 スライダーのサインから打球を予測し、二塁ベース寄りに守っていた朝比奈が走り込む。グラブの先で打球を掴むと、体を反時計回りに反転させて一塁へ転送した。

 ワンバウンド送球が、伊集院のミットへ届く。間一髪、アウトの判定であった。


「ナイス朝比奈」

「ヒヤヒヤしたぜ、次は投げるなよ」


 困惑の一回裏が終わった。

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