58回:ワクワクさん
一(中) 高坂(三年)
二(右) 成田(三年)
三(遊) 朝比奈(三年)
四(捕) 里見(三年)
五(投) 真柄(三年)
六(一) 伊集院(三年)
七(左) 斎村(三年)
八(三) 竹中(二年)
九(二) 佐々木(二年)
結局、準決勝でスタメンを外れた芯太郎は一試合で先発復帰。更に意外性のある真柄を五番におき、智仁高校は超攻撃型の布陣。最上を早い回でノックアウトさせれば、勝利は目の前だ。
と、ここまでが皮算用。
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「よろしくお願いシャース!」
挨拶を交わした時点から、最上は斜め前の芯太郎を睨み付けている。
「ガン付けられてるよ、芯太郎」
「きっと伊集院を見てるんだよ彼は。何かしたんじゃないの」
「斎村ァ、去年の借りは返させて貰うぜ! ブッ殺す!」
さっさとベンチに引き揚げる芯太郎たち。先行は智仁高校。『ナポレオン三世』のテーマは、もはや切り込み隊長専用ソングだ。
「智仁高は静岡最強ォー!」
「パッパラッパー、パーパパー!」
ブラスバンドがいるにも関わらず、思わず口ずさんでしまう慣れたリズム。高坂はそのハイテンポに乗って出塁を重ねてきた。今日ももちろん、先頭打者である。
「来いや、最上!」
「悪いな。俺はお前なんぞ眼中に……」
今時珍しいワインドアップのフォームから、指先に力を込め力強く白球が弾かれた。
「ットライー!」
「なんやと?」
挨拶代りのインコースストレート。だが高坂が驚いたのは、電光掲示板の球速表示だ。
「150キロ……まさか本当に出せたとはなぁ」
「嘘だと思ってたのかよ」
「どうせブルペンで何回か出た程度やと思ってたわ」
捕手と軽口を叩き合う高坂には、まだ余裕があった。マシンでない、生の150キロを直に見るのも初めてではない。三重の望田征士郎が、これでもかと言う程見せてくれたのだ。
そして強打者に共通する一つの特徴を、高坂もまた持っていた。速い球を投げる投手に出会うと……。
――ワクワクするんじゃ!
鋭いスイングが、149キロをカットする。打球はフェンスに跳ね返り、三塁ベンチの前へ。一番近くにいた芯太郎が捕りにくる。
「斎村ァ! よくも俺の視界に入ったなテメー」
最上の怒りのボルテージが上っていく。よほど去年の満塁弾がこたえたのだろう、一年間悶々としてきた最上を想像すると、高坂はクスリときてしまった。
その馬鹿にした笑みに触発されたのか、ウィニングショットは151キロを記録した。
「げぇっ!?」
「トライーッ! バッターアウト!」
舌打ちをして戻ってくる高坂に、二番に入っている成田がアドバイスを求める。
「二十文字で」
「五回持たんピッチングしとるわ。粘って三振、それで十分仕事や。」
「了解」
成田は打席に入るやいなや、バットを目いっぱい短く持ってミート狙いの意思表示。
「んな事しても打てやしねーよ!」
147、148、150。惜しげもなく剛速球を連発する上、遊び球もなしの三球勝負。最後はインハイのストレートで三振を喫した。
「すまん、当てられなかった」
「任せろ。ボール球を使わない配球で、高校野球のスラッガーは抑えられないって事を教えてやる」
成田が落とす肩を叩き、主将対決の幕が開く。
「3番ショート、朝比奈……君」
ベースの五角をチョンチョン、とバットで触るルーティーンを済ませると、朝比奈と最上の睨み合いが始まった。
初球から、朝比奈はストレートを狙う。そして唸りをあげて迫る速球は、狙い通り朝比奈のバットの芯に……当たらない!
「カットボール……いや、高速スライダーか!」
初球狙いを察知されたか、直球一本槍の投球は打ち止めとなった。こうなるとスライダーを見てしまっただけに、朝比奈は自分のスイングをさせて貰えない
――くそっ、今度はストレートか!
ミートポイントが内側にずれ、ボテボテのサードゴロ。だが、その打球は内野安打の可能性を孕んでいた。
朝比奈は高坂や芯太郎ほどではないにしろ、俊足の部類である。
――初ヒット、貰った!
が、この打球を捌いたのはなんと投手の最上であった。果敢にも素手でボテボテの打球を掴むと、振り向きざまに一塁にワンバウンド送球。ほぼ同時に朝比奈は一塁ベースを駆け抜ける。
「セーフだ!」
「……アウトォォォ!」
「ぐっ……」
流石に、新聞で禁止用語を使うだけの事はある。最上雄大の独り舞台の前に、初回は三者凡退に終わった。




