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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏 ――殊勲の章――
58/129

56回:珍しくシリアス

「どういう事?」


 舞子が口を挟む。朝比奈が激情しないための措置である。


「母校が恥をかかない様にとか、親が恥をかかない様にとか。そういう考え方って野球ではご法度だと思うよ~」

「分かる様な分からん様な」

「分かんないかな~」


 真柄は感覚的に喋る男。論理的に物事を伝える術が欠如していた。

 故に、エピソードを交えて話すしかない。


「最終打者のヘッドスライディング」

「ああ」

「そういう事か」


 朝比奈を含め、全員が納得する。


 一塁への到達時間は、ヘッドスライディングをするよりも駆け抜けた方が速いというのが一般論だ。しかしどういう訳かニュースで放送している野球の試合映像では、大一番での敗者の姿は一塁へのヘッドスライディングと相場が決まっている。


「でも最近では駆け抜けるより速い説もあるし、審判の情に訴えるって意味では……」

「まぁヘッスラはおいといて」


 真柄は再び朝比奈に向き直る。


「自分が恥をかかない様に。母校に、親族に少しでも迷惑を掛けない様に見かけだけ頑張って見せる。それがプレーに現れるって事~」

「極端すぎんか、それ」

「朝比奈の言ってる事も同じだよ~」

「あぁ?」

「口では甲子園に行くとか言っときながら、自分のプライドに拘って最善の策を敷くことを拒否してる。それがキャプテンのすることかなぁ~?」


 朝比奈は利き腕の拳を、六十五キロの力で握りしめる。


「あいつはこの二年半、真面目に打撃練習をしてこなかった。守備は必要だが、あいつは代打と守備固めで使えばいい。あんなに謙虚でない奴を中心にこの夏を戦うなんて、嫌だ」

「はぁ~」


 真柄は大きく、わざとらしく全身を使って溜息をつく。


「野球に謙虚さは毒だ。あってはならない事だよ」

「謙虚さはチームワークの原点だろうが」

「野球って頭おかしいスポーツだからさ。謙虚に、人の為を思ってプレーする奴には容赦しないんだ」

「はぁ?」


 真柄は瞳を細めた。普段と違う声色と表情にに里見と高坂、そして舞子にも緊張が伝わる。


「デッドボールを当てた相手に申し訳ないと思う奴から腕の振りを奪い取る。チームの為に三振したくないと思う奴から鋭いスイングを奪い取る。一歩でも、遠慮して野球をした時点で能力は奪われる」


 伝わりにくい言葉だった。だが、それが何を指し示しているかはほとんど伝わっていた。


「本当は誰だって謙虚にプレーしたい。でもこのアホなスポーツはそれを絶対に許さない」

「アホな、ってお前」

「だから俺も、芯太郎も一歩も引かない。チームからどんなに嫌な奴だと思われても引く事は許されない」

「それじゃチームワークはどうなる」


 真柄はニタリと


「要らない」

「は?」

「最強のチームワークは『0』だよ」

「何言ってんだ、真柄」


 里見が口を挟む。険悪な雰囲気を少しでも和らげようとするが、なおも真柄は続ける。


「守備においては勿論違う。でも打撃はある程度能力を持ってる選手、例えばプロの選手だったら、凡退しても何とかなる、って気持ちで臨むのが一番いい」

「必死さが足りない」

「一番大事なのは思い切りだよ。それが無くなるくらいならチームワークなんて」

「真柄!」


 高坂が物理的に口を塞いだ。朝比奈は親の仇でも見るような目で真柄を見ている。

 そして高坂を振り払い、真柄はなおも続ける。


「朝比奈が何を言おうと、この夏の主役は斎村芯太郎に決まったんだよ~」

「打撃はクソだ」

「うちのチームはあいつで保ってる。今日の試合でそれが全部員に、いや全校に知れ渡った。監督の狙い通りにね~」

「舞子、帰るぞ」


 エナメルバッグを左肩に担ぎ、朝比奈はこれ見よがしの大股で寮を後にしようとする。


「朝比奈!」


 空中分解を恐れた里見が肩を掴んで止めた。


「試合を左右するのは確かに芯太郎だ。それは認めてくれ」

「離せ」

「だが、チームワークの鍵はお前以外にいない。真柄のは極論だ。このチームはお前がいないと」

「離せってんだよ!」


 強引に肩を捻って、朝比奈は玄関から出て行ってしまう。舞子は慌ててスコアブックを回収して後を追う。


「真柄! お前何がしたいんだ」

「今のはないぞ。チームワークは野球には欠かせん物やろ」


 一拍おいてから、真柄は背を向けて言葉を紡ぐ。


「持論ぐらい持ってないと、野球人生なんてやってられないと思うよ?」


 そう言うと、真柄はまたピアノブラックの携帯ゲームを取り出して忙しく指を動かし始めた。

 これ以上真柄と話すのが嫌になったのか、二人は部屋に戻って行った。里見は無駄だと分かっていながらも、反対の意味を込めて力の限り強く扉を閉めた。

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