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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏 ――殊勲の章――
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54回:確率変動

 春季大会も、十六校に与えられる夏の県予選におけるシード権を何とか獲得し、夏制覇に向けて着々と準備を進める智仁高校。その中にあって芯太郎は、黙々と凡退を重ねていく。

 

 県大会、真柄の先発と2年竹中のリリーフで準々決勝まで勝利を収めた。そして迎えた準決勝。芯太郎は秋から数えて公式戦35打席連続ノーヒットを記録したところで、遂にスタメンから外れた。


「七番レフト、田中!」

「えっ」

「返事は?」

「は、はいっ」


 試合前。スターティングメンバーを言い渡す円陣の中に、裏返り気味の返事が響く。

 ここから古豪強豪ひしめく戦いが始まると言う時に、まさかのスタメンの入れ替え。しかも二年の長きに渡り聖域とされて来たレフトの交代である。


「八番ピッチャー、竹中」

「はい!」

「九番セカンド、佐々木」

「はい」

「以上」


 この試合は真柄を休ませるため、2年・竹中の先発。竹中・佐々木の2年二人は、然したる動揺もしていない。

 しかし明らかな動揺をしている選手が二人。


 中堅手、高坂新兵。

 捕手、里見要次。


「よし、これで打線が繋がる」

「朝比奈、お前なァ……」

「な、何だよ?」

「いや、何もあらへんけどさ」


 オーダーを進言した朝比奈は、気づいていない。

 この試合の勝率が、確率変動を起こした事を。


                       ******


「一回の表、土橋高校の攻撃。一番ショート、相川……君」


 土橋高校は、甲子園出場回数三回を誇る名門。去年は準決勝で高津に敗れ、惜しくも甲子園出場は叶わなかった。

 練習試合を含む過去の対戦成績は三勝一敗。右打者中心の打線であるため真柄の持ち球には相性が悪いらしく、三試合全てにおいて完封を許している。

 苦手な投手というものは、何処まで行っても苦手なものである。恐らくはこの試合も真柄が投げさえすれば打たれない、という見解が多かった。


 しかし前の試合でコールドで試合が決まったとはいえ、七回まで投げた真柄はこの試合先発しない。体力の温存と故障を防ぐという二つの理由から、五回から登板する予定となっていた。

 つまりこの勝負は、五回までで決まるのである。


「落ち着いてけよ。ストライクいれてけ」


 ショートから朝比奈が声をかける。竹中にとっては、若干耳障りだった。投手によってはこういう言葉は、逆に頭に血を昇らせる。あたかも、自分の力では落ち着けないかの様に聴こえるからだ。竹中はまさにそのタイプだった。


「タケや~ん。落ち着いても落ち着かなくてもいいから、適当に投げろ、適当に~」


 逆上しかけた竹中の頭が落ち着いた。サードの真柄からの言葉だ。ただ能天気なだけというのもあるかもしれないが、この場面では効果的な声かけだった。投手の心理は投手にしか分からない。

 竹中は真柄のお蔭で、投げる機械と化す事が出来た。第一関門突破である。

 里見のサインは、アウトコース。そこへ見事にコントロールして見せる竹中。


「ストライーッ!」


 幸先の良い絶叫に、竹中の心は躍り出した。


――今日は、行ける!


 続けて様子を見てくると判断した里見は、もう一度同じ球を要求する。そして竹中は見事、その期待に応える。


「ボール!」


 やや外れたものの、狙ったコースにコントロールは可能。竹中は自分の調子が良好であると確信を得た。

 ※バッティングカウントにはしたくない。ここはど真ん中へ得意のスライダーを投げて、確実にストライクを稼ぎたい。

 その考えに里見も同調したのか、頭の中の注文票通りのサインを出してきた。投手としては嬉しい瞬間の一つだ。


 プレートの側面にピタリと足を付着させ、体重を思い切りプレートに預けて位置エネルギーを作る。

 そして体重移動によって生まれたパワーを、指先まで確実に伝え、解き放つ。

 思い切り振った腕から放られた125キロのスライダーは、一目でストライクと分かるコースを辿って行く。今日の竹中のコントロールは神憑っていた。


 しかし、それだけでは勝てない様にこのスポーツは出来ている。

 バッターの脳裏に待球の意志は微塵も存在していなかったのである。

 鋭く振り抜いた打球はサード真柄にそよ風を提供し、レフト線へ。


「ボール、バックセカンドだ!」


 里見の指示を受け、朝比奈が二塁送球の中継に走る。

 しかし、レフト田中はフェンスに当たり跳ね返るボールの方向を見誤る。


「田中! 急げ!」


 その声を起爆剤として、バッターランナーは二塁ベース手前で加速した。スリーベース狙いである。

 ようやく追いついた田中からボールを中継し、自慢の強肩を披露しようとした朝比奈の腕の力が抜けた。


 真柄が腕でバツのジェスチャーを作っている。既に三塁は陥落したのだ。

 相手ベンチ、及びスタンドが沸き立つ。この雰囲気は、嫌でも自軍が劣勢に立たされていると自覚させる。


「竹中、切り替えろ」

 露呈した明らかなレフトの守備力低下。ボールを受け取る竹中の顔は引きつってはいない。しかしポーカーフェイスだけで勝てない様にも、このスポーツは出来ていた。


                      ******


 5対2。五回を終わってこの事実が竹中の心に突き刺さる。


「竹中、よく頑張った」


 里見のフォローも気休めにしか聞こえない。調子が良かったのではなく、ただ小さく纏まっていただけ。ストライクゾーンに上手く投げられるというだけの話だったのだ。

 ボール自体に力は無い。


「真柄、準備しよう」


 後一点取られれば敗色濃厚。その前にエースの当番で良い雰囲気を作り、逆転を狙う。

 そのはずであった。


「待て、里見」

「はい?」

「竹中続投だ」

「はぁ!?」


 里見も、竹中もみっともなく裏返った声をあげる。


「予定変更だ」

「何故ですか」

「命令だ」

「分かってますが理由を説明してくださいよ!」


 若干、里見の頭に血が上っている。それほど竹中の心身はボロボロなのだ。


「今後の為に点差がついても投げ切る癖をつけてもらいたい。それだけだ」

「今後って……負けたら三年は終わりなんですよ!?」


 里見は考えた。思い当たる節はある。壇ノ浦は決勝前に真柄という最大のカードを1イニングでも長く温存するつもりなのだ。

 確かに去年は決勝までに真柄を使い過ぎ、敗退した。しかし、勝てる時に勝っておくのが勝負の鉄則である。里見は眼で訴える。それでも、壇ノ浦は指示を変えない。


「……いけるか、竹中」

「は、はい」


 その声は、既に気持ちで負けていた。


「斎村」

「はい」


 その名前が耳に届いた瞬間朝比奈の背筋が凍った。自分が提案したオーダーが真価を発揮しないまま……。


「レフトに行け」

「はい」


 交替は告げられる。状況は苦しい。だが逆転に必要なピースは揃った。


※バッティングカウント……カウントツーボールワンストライクは心理的に打者有利のカウントと考えられている。

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