表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
二年夏 ――戦犯の章――
52/129

50回:スナイパー芯太郎

 朝比奈は何故、佐那が思い出したくもないであろう過去を自分達に語ったかが、何となく分かる気がした。同情してもらいたいのだ。『芯太郎は責任を持って佐那と結婚するべきだ』という流れに、一人でも多くの人間を引き込みたいのだ。


「でも芯太郎は嫌がっている様に見えるぞ」

「そんなわけないよ。私達Cまで行ったんだから」

「ええっ!?」

「冗談よ。Aまでしか行ってないの」


 それでも舞子は顔を真っ赤にしている。こういう純情な所がたまらなく可愛いと、朝比奈は惚れ直す。


「狙ったのか芯太郎」

「だから違うって! 狙って打てる技術が俺にあると思う!?」

「だが俺は見た。マウンドに立っていたから見えた。終始、お前は打席でニヤついていたじゃないか」

「何だそりゃ? 芯太郎」


 芯太郎が打席で笑っていた。一聞するとどうでもいい情報に思われたが、芯太郎はなぜか言葉に窮した。


「お前これから佐那を痛めつける事が楽しくて、笑ってしまったんじゃないのか」

「ち、違う! 俺はただ……勝負が楽しかっただけで」

「何を言ってる! 誰よりも打撃が嫌いなお前が、投手との勝負を楽しめるわけがない!」


 大麻が、興奮して胸倉を掴みにかかる望田を制する。


「芯太郎、本当の事を言ってくれ」

「さっきから言っている! 俺は本当に狙っていないんだ!」

「佐那を目の前にしても、同じことが言えるか?」

「えっ……あ」


 いつの間にか佐那は朝比奈達をすり抜けて、玄関前に移動していた。芯太郎の顔色がみるみる変わっていく。


「酷いよ二人とも。シンを虐めないで」

「白黒はっきりさせたいだけだ」

「大丈夫よシン。私と一緒にいれば大丈夫」

「もういい加減にしてくれ!」


 責められ続けていた芯太郎がついにブちぎれる。だが三人は全く動じず、肩で息をする芯太郎をじっと見つめている。


「俺は普通に打っただけなんだ! どいつもこいつも、何で俺を責める!」

「スクイズのサインを無視したのは何でだ」

「見てなかったからだよ! 打席に集中して」

「もうやめろ!」


 堪えきれなくなった朝比奈が、ついに割って入る。


「何の証拠があって、そんなに芯太郎を責めるんだ? こいつは嫌な奴だけど、狙って人に打球をぶつけて平気でいられるやつじゃないぞ!」

「君は確か……去年俺が抑えたショートじゃないか」

「そんな事はどうでもいい! なんで芯太郎の言う事を……」


 望田は溜め息をついて、人差し指を振る。お前は何も分かっていない。そう言わんばかりに。


「君は今、答えを言った」

「え?」

「『狙って人に打球をぶつけて平気でいられるやつじゃない』。それが答えだ」

「何を言って……」

「こいつは、『狙って打球をぶつけた』からおかしくなったのさ。平気ではいられなかったんだろうな、やはり」


 朝比奈の理解は追いつかない。だが、大麻と佐那は分かっている様だった。


「さっぱり解んねーよ。何が言いたいんだ?」

「こいつは、ランナー三塁で必ず打ってしまう呪いにかかった」

「呪い?」

「普段のこいつは、笑えるほど打てない。それがランナー三塁だと、『打てなくなくなる』」


 言いたい事は、うっすらと見えてきた気がした。


「イップスだ。いやこいつの場合、一種の鬱病とも言っていい。強い自責の念が刺激されて、体の制御が思う様に利かなくなる病気さ」

「確かに、こいつはランナー三塁だとほぼ必ず打つけど……」

「打つんじゃない。『打てなくなくなる』んだ。こいつの体が、あの時の状況をどうしても再現しようとしてしまうのさ」


 朝比奈は黙って考えた。その言葉をもう少し解して考えると……ランナー三塁での芯太郎は、「ランナーに打球をぶつけようとしている」という事か。


「有り得ないね。投手がどんな球を投げるかは、投げてみないと分からないんだ。それを常に、狙って三塁線に打てるわけ……」


 馬鹿馬鹿しい望田の持論に反論しようとした朝比奈だったが、思い当たる節を見つけて再び沈黙する。


――そうだ、あれもこれも、全部……三塁線の打球じゃないか!?


「心当たりがあるみたいだね。朝比奈君には」


 擁護しようとした朝比奈が黙ってしまったため、芯太郎はまたも孤立する。


「正確にはランナー三塁の状態でなくともこいつは『打てなくなくなる』。あの時の状況に近ければ近い程、再現精度が高くなる。例えば俺が投げてたりとかね」


 望田は朝比奈に向かって「分かるだろう?」と囁きながら肩に手を乗せる。そう、敦也学園との試合の時、芯太郎はランナーがいなくても打てていた。

 望田征士郎がマウンドに立つと言う、事件当時の光景の一部分があったからだ。


「でもそんな……凡退の仕方にはいくらでも種類がある。常にジャストミートなんてできるわけが……」

「そうだな、できるわけがない。だが、こいつの野球センスはハッキリ言って測り知れない。守備を見てればわかると思うが……むしろ、こいつは打撃にこそ最も才能があったのかもしれないな」


 無茶苦茶な事を言っているが、不思議と説得力があった。芯太郎は打撃意外のセンスはプロ級。そのセンスが打撃にだけ活かされないと言うのは、少し不自然だった。


「芯太郎、髪の毛が全部なくなる前に野球をやめたらどうだ」

「征ちゃん! それはダメよ」

「佐那という至高のプレーヤーの野球人生を奪ったんだ。しっかり責任を取るべきだ。何で、お前はあっけらかんとして、まだ野球をやっている!?」


 それでも芯太郎は、首を横に振って……野球を続ける意志を示した。


「野球は……やめない」

「そうか。では俺達は一生お前を許せない」

「……」


 芯太郎はトボトボと歩き出した。朝比奈と舞子はそれを追って駆け出す。朝比奈は途中振り向いて、捨て台詞を吐いた。


「それでもあいつは……狙ってないと思うよ」


 残された三人の胸には、そこはかとない虚しさが残った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ