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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
二年夏 ――戦犯の章――
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49回:見せて貰ってもよろしいですか

「わ、わざとやったかだと!?」

「そうだ。あの日のお前の一連の行動はどこか不自然だったよ、芯太郎」


 征士郎が均衡を破り、一歩前に出る。


「俺もお前を疑いたくはないよ。だが偶然にしてはあまりに重なってる様に思うんだ」

「そんな!」

「どうなんだ!? 芯」


 もはや朝比奈と舞子は、いつにも増して涙目になっている芯太郎を直視できない。


「一体何があったってんだ……あの三人の中で」

「知りたいですか?」

「そりゃ知りたい……ってうわぁぁぁもごーーーー!?」


 いきなり隣に現れた少女にビックリして、朝比奈が叫び声を上げそうになるのをギリギリ舞子がカバーした。


「お久しぶりです、朝比奈さん」

「ぷはっ! あんたは確か……いや、違うって」


 浮気を疑う舞子が睨み付けて来たので、朝比奈は手と首を使って否定のジェスチャーを見せる。


「私は望田佐那。征士郎の双子の妹で、三重代表・敦也学園のマネージャーです」

「あっ、どうも……片倉舞子といいます」


 礼儀正しく出られたので、強気に出ようとした舞子もつい畏まってしまった。


「で、芯太郎は何をやらかしたんです?」

「私の左眼から光を奪いました。それだけの事です」

「へぇそりゃあ……えっ、左眼!?」


 朝比奈は佐那の黒髪カーテンをめくった。


「ちょっと通ちゃん、それセクハラよ……って、眼帯!?」

「まさかあんた、眼が?」

「芯がやった事です。至近距離から、思い切り打球をぶっつけられたから……助かりませんでした」


 舞子は眼を覆う。同世代の女の子が、隻眼で毎日を過ごす苦労を想像してゾッとしたのだ。


「何で芯太郎はそんな事を?」

「試合中の打球です」

「じ、じゃあ事故じゃないか。あんたには申し訳ないが、スポーツってのは危険と隣り合わせだぜ」


 ホッとした朝比奈はチラリ、と芯太郎の表情を除く。しかしその表情の暗さは再び彼を不安にさせた。


「偶然にしては出来過ぎていました」

「何だと?」

「状況は一死ランナー三塁。初球のサインはスクイズ。その状況で、芯太郎は思い切り三塁線に打球を引っ張ったんです。打球はランナーに直撃しました」


 朝比奈が状況を整理すると、ある事実が浮かび上がる。


「待てよ、じゃあその時のランナーって」

「私です」

「あ、あなたシニアで野球してたの!?」

「5番遊撃手。一応県下では有名でした。知りませんか? そうですよね、軟式出身だと」


 朝比奈はマジマジと佐那の体を見回した。顔立ちは以前と同じ、自分好みだが問題は体躯だ。五番を打っていたという事は、それなりに長打が打てるという事。それには上半身下半身ともに筋肉が必要だ。

 形の良い胸にばかり目が行くが、本当は腕や脚に隆起した筋肉を隠しているんじゃないのか……。


 と無意識に佐那のスカートに伸びた朝比奈の手を、舞子の手刀が叩き落とした。


「何やってるのよ!」

「いや違うって! 筋肉が気になって」

「……話を続けても?」

「ど、どーぞどーぞ!」


 佐那は朝比奈から一歩だけ距離を置くと、再び語り始めた。


「私は東京にある女子硬式野球の名門校――畠山女学院から特待生を約束されていました」

「じゃあ、今は何で三重に……あっ」


 舞子はしまった、という表情で口を覆った。どんなに才能があっても、隻眼で野球はできない。佐那は自嘲の意味を込めて苦笑した。


「最初は、出来ると思いました。むしろ箔がついていいとさえ……でも、右打者の私にとって左眼を失った事は余りに大きすぎた。例え小学生が投げる球でさえ、もう私には魔球なんです。守備の勘も、全く利きません」

「そんな……そんなに才能を持っていたのに……」

「だから皆疑っているんです。芯太郎が私の才能を潰すために、わざとやったのではないかと」


 朝比奈と舞子は塀の上にひょっこりと顔を出す。芯太郎は相変わらず泣きそうな顔で、首を振り続けている。


「事件が起こった試合で投げていたのがあの二人です。私と芯太郎、そして大麻友志が所属していたのが伊勢神宮シニア。征ちゃん……望田征士郎が所属していたのが松阪Dシニアでした」

「え、望田……お兄さんは別のチームなの?」

「私達の伊勢神宮シニアは三重県最強を誇っていました。征士郎は私達を倒してやると言って、近くの別のシニアに入ったんです」


 佐那の顔がみるみる暗くなっていく事に、朝比奈は気づいた。


「自分の投球の結果が私の野球生命を奪った。その事実に征士郎は耐え切れなくなり、それ以降野球から距離を置きました。学校も不登校に」

「えっ、でも今は」

「敦也学園は新興勢力です。他校の推薦リストから消えた征士郎を、野球部に所属していないにも関わらずダメもとで拾い上げてくれました。引き籠って勉強をしていなかった征士郎ですから、親は大喜びで入学手続きをしましたとも」


 朝比奈は彼女の顔を見て思った。物理的にも、精神的にも一番傷ついているのはこの娘だ。自分の存在が多くの人間を狂わせてしまっている事を、気に病んでいるに違いない……。

 と思った矢先。


「でも私は嬉しいんです」

「嬉しい?」

「わざとでもそうでなくてもどっちでもいい。私の潰れた左眼が、一生私と芯を繋いでくれるんですから」


 背筋をゾワゾワした衝撃が走り抜ける。芯太郎でも征士郎でもない。一番狂ってしまったのは、彼女だったのだ。


「す、好きなの?」

「無論です。私の夢は、芯太郎のお嫁さんになる事ですから」


 芯太郎が狙った可能性があるかもしれない……と、不謹慎ながらも朝比奈は感じた。

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