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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
二年夏 ――戦犯の章――
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48回:逃げるところはありませんよ

 芯太郎は伊勢神宮の近くにある家の玄関に入って行った。インターフォンを鳴らしている彼に気づかれぬ様に、舞子と朝比奈は表札の名前を読む。


大麻たいま? すげー苗字だな」

「何だか犯罪の匂いがするね」


 失礼な事を言っている間に、玄関から大柄の男が出てきた。芯太郎も177㎝と長身の部類に入るが、それを上回って大きかった。


「よぉ、しん。帰って来てたのか」

「タイマも、もう帰って来てたんだね」

「準々決で負けたからな。その日の内に引き上げてきたんだ。おばさんに聞いたのか?」


 その顔を見て、二人はどこか既視感デジャブを覚えた。つい最近、どこかで見たような……。


「あーっ、あの人!」

「馬鹿、シーッ!」


 突然舞子が大声を出したので、芯太郎と大男は音のした方へ目をやる。が、二人は壁の向こうに引っ込んでいたので何とかやり過ごすことが出来た。


「バカ舞子! いきなり大声出すな」

「あの人、どっかで見たと思ったら。夏の決勝戦のとき見に来てた人よ!」

「えぇ、夏の……うぅ……」

「あ、ゴメン」


 自分の大失態サヨナラエラーを思い出し、ブルーになる朝比奈。


「……んで、そいつがあのタイマだと?」

「いや、確かオオアサって名前のはず。あ、訓読みなんだ」

大麻おおあさ……あっ、もしかして」


 朝比奈は素早くスマホを取り出し、グーグル先生に問い質す。


「やっぱり……あいつ、甲子園に出てる。愛知代表・一久かずひさ実業のエース。大麻おおあさ友志ゆうじ!」

「えぇっ!?」

「三重の望田と並んで、化物の一人だよ」

 

 その名前を出した直後に気づく。三重の敦也学園と愛知の一久実業は、今回の夏の甲子園ではベスト8まで進み、敗れている。その両校のエースは秋に対戦した望田征士郎と、今目の前にいる大麻友志。


 どちらも、芯太郎と浅からぬ仲だと推測される。


「芯太郎……あいつ、凄い交友関係持ってやがるな」

「シッ、何か話してるわ」


 芯太郎と大麻は、玄関先で長々と話し込んでいる。


「聞いたぞ芯。お前まだ、『打てなくなくなった』ままらしいな」

「……うん」

「髪、大丈夫か?」

「いや、そろそろ本気でマズイんだ」

「だから、俺と同じとこに来りゃよかったんだ。この裏切者」


 大麻が芯太郎の胸を小突く。


「準々決勝で俺は5本、左中間を破られて負けた。お前がいれば3本は減っていたはずだ」

「買いかぶりすぎだよ」

「いいや、お前の守備ならプロでも※GGが獲れる。それなのに弱小校で持て囃されやがって」

「そんな……」

「お前は俺を裏切ったんだ」


 ふぅ、と溜息を一つ挟むと、大麻はまた違う表情を作った。優し気な表情を。


「まぁ、それはもういいさ。征士郎には会ったか?」

「いや」


 その名前を聞くだけで背筋が伸びている。明らかな緊張を見せているのが分かる。


「なるほどな。それで『打てなくなくなった』ってわけか。くだらねぇ」

「下らないだと?」

「お前がサインミスで佐那を失明させたのは紛れもない事実。でもわざとじゃねぇんなら気にせずやりゃあいいだろ」

「……」

「どう思う、征士郎」

「えっ!?」


 玄関からもう一人、大柄な男が出てきた。朝比奈はしっかりと覚えている。秋の大会で完璧に抑えられ、芯太郎には完璧に打ちこまれた敦也学園のエース・望田征士郎だった。


「せ、征士郎が何でここに!?」

「たまたまだ」

「嘘だ! タイマ、俺を騙したのか」

「残念ながら本当にたまたまなんだ。こいつが先に来て、お前が来た。が、ここで会った以上、はっきりさせておきたい」


 芯太郎と、壁越しに聞き耳を立てている朝比奈と舞子。三人がつばを飲み込む。


「お前、わざとやったのか? あの時、お前は……佐那を殺そうとしたのか?」


 集中して聴いていた舞子と朝比奈は気づかなかった。背後から忍び寄る当事者・望田佐那の影に。

 



※GG……ポジション別に守備を評価して表彰するゴールデングラブ賞のこと。

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