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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
二年夏 ――戦犯の章――
48/129

46回:振り回されて

 8月に入り、練習試合の勝率は五割に乗った。内野のエラーが少なくなり、竹中の防御率も良くなったのが勝因である。

 この調子で新人戦に挑めれば、シード権の奪取は十分可能だろう。

 壇ノ浦監督も余裕が生まれたのか、久しぶりに三日間の休養日を部員に与えた。

 当然、盆休みであるため、墓参り等の行事に没頭するか、寝転がって疲れを取り除くぐらいしかやる事が無い。

 筈だった。


「おいおい、結構人いるじゃん」

「そりゃ、お盆だし……帰省ラッシュって言うのかな」


 朝比奈と舞子は、夜行バスに乗り込んでいた。行き先は、伊勢である。


「しかしラッキーだよね本当。お母さんが商店街の福引で温泉旅行当てちゃうんだもん」

「だからって何で俺が行かなきゃならないんだ?」

「親公認の仲……ちょっと、照れるね」

「アホ」


 かなり後ろの座席に座り、腰をかける。思った以上に窮屈であった。


「うわっ、この椅子固いな。座り心地悪ッ」

「伊勢まで八時間ちょっとみたいだよ」

「八時間!この椅子で!?」


 朝比奈が運転手に聴こえそうな勢いで喋り続けてるので、舞子が物理的に口を塞ぐ。


「どうせ眠るんだか関係無いでしょ? ちょっとじっとしててよ」

「むぐぐ」


 乗り込んで間もなくして消灯され、他の乗客達は睡眠モードに入った。

 しかし二人の目は冴えてしまって、眠れない。何しろこれから、二人きりの旅行に行くのだから。不純異性交遊と言われても仕方がないかもしれない。

 眠れない。楽しみであると同時に、怖さも混じっている。


「通ちゃん」

「何だよ、早く寝ないと」

「どうしよう。何か、ドキドキする」

「おいおい、まだ到着もしてないのに」

「違うの。私達」

「……」

「どうなっちゃうんだろう」


 その一言で、朝比奈の心拍数は爆発的に増加する。

 どう返事をするべきか、持てる知識の全てを総動員した結果。


「す、するか?ここで」

「する?するって、何を?」

「何をって……」


 前後の席から、頭を掻きむしる音が聴こえてくる。


「舞子……」

「と、通ちゃん、ちょっと……」


 舞子の華奢な肩を掴み、思い切り抱き寄せる。雄の本能がそうさせる。

 と、その時であった。


「あの~」


 眠そうな、退屈そうな、鬱陶しそうな。マイナスな感情をすべて込めた様な声で、前の座席に座る乗客が身を乗り出してきた。


「眠れないんですけど、静かにしてくれませんか?」

「あ……」


 即座に二人はお互いの身を解き、一礼をして謝罪する。


「す、すんません!」

「ごめんなさいッ」

「ったく」


 アイマスクを付けた男は、スルスルと体を座席に戻す。


「ご、ごめん」

「う、ううん!もう寝よう、ねっ?」


 舞子の声は、少し震えていた。突然の事だったので、恐怖に覆われてしまったらしい。

 可哀想な事をした、と朝比奈思った。

 しかし前列の男も、あんなに嫌味な声を出す必要は無いのに。感じの悪い大人だ。


――いや、大人では無い?


 先程身を乗り出した時には、白いパーカーを着ていたが肌の皺の無さや髭の生えた形跡がほとんど無かったことから、学生なのではないかと朝比奈は推測した。


 そして髪型が坊主頭を少し伸ばした物だった事から、野球部なのではないかという予想も簡単についた。

 そういえば顔は見えなかったが、あの声質はどこかで……。


「あっ」


 朝比奈は答えに行き着いた。この推測が間違っている事を心の底から願いつつ、前席の男に声を掛ける。


「……し、芯太郎?」

「えっ」


 周りの迷惑を顧みず、舞子が大声をあげてしまう。

 前席の男は何の反応も無い。大声を上げた手前、戦果無しでは引っ込めない朝比奈は身を乗り出してもう一度声をかける。


「芯太郎……か?」


 無反応が続く。眠ってしまっている可能性もあった。


「人違いだってば」

「おい!そうなんだろ!」

「おいそこ!いい加減うるさいぞ!」


 ついに他の乗客も朝比奈達のマナー違反怒りだした。


「落ち着きなって、通ちゃん」

「そうか、そうじゃないかだけだって! おい、あんた!」


 はぁ、と溜息をついて、前席の男がアイマスクを外して朝比奈の胸倉を物凄い力で掴む。


「し・ず・か・に!」


 芯太郎の目はいつにも増して血走っていた。


                   ******


「君達には、常識と言う物はないんですか?」


 インターチェンジで芯太郎の説教が始まった。芯太郎にだけはこういう事をされたくは無かったと朝比奈は思う。


「ご、ごめん。でもまさか斎村君が乗ってるなんて」

「俺は帰省の一つも許されないんですか、片倉さん」

「えっ、帰省?」


 舞子は優秀なマネージャーだが、芯太郎の出身地は忘れていた。


「そうかお前、三重出身だったっけ」

「そうだよ。朝比奈達は何か用でも?」


 マナーのなっていないチームメイトに腹を立てているのか、芯太郎は少し物言いが乱暴になっている。


「その、なんていうか……旅行?」

「へぇ、じゃあ親御さんも乗ってるんだ」

「あ、いや」

「……二人で来たの」

「はぁ~!?」


 芯太郎は絶句した。正気の沙汰ではないと思ったのだろう。


「二人が付き合ってるのは知ってたけど、それ大丈夫なの?」

「な、何がだよ!」

「はぁ~、まぁいいや。俺には関係ないし」


 芯太郎はバスに乗り込もうとする。休憩時間は二十分しかない上にインターチェンジには何もないので、手洗いを済ませたら特にやる事はないのである。


「ねぇ、斎村君」

「まだ何か?」


 うんざりした顔で芯太郎が振り向く。朝比奈はこの顔が嫌いだった。


「私達、伊勢神宮行くんだけどさ!どんな感じか知ってたら教えて欲しいな~って」


 舞子は芯太郎にクシャクシャになったチラシを見せる。芯太郎は眉間に皺を寄せながらそれを見つめると、


「……」

「どうしたの?」

「伊勢神宮付近の旅館に?」

「ああ。そうだ」

「はぁ……」


 溜息をついてバスに戻ろうとする芯太郎。


「おい、待てって」

「うるさい!ついて来るなよ」

「あの、もしかして」


 芯太郎の様子から、舞子が勘付いた。


「ここって、斎村君の地元?」

「……」


 手で顔を覆っている。図星の様である。


「マジかよ……」

「ねぇ、斎村君!」


 舞子は芯太郎の手を掴んだ。ただそれだけなのに、朝比奈は動揺している自分の存在が信じられなかった。


「ガイドやってくれない?私たちの」

「はぁ!?何で俺が」

「旅館の人の堅苦しいガイドなんて聞いてられないよ。それより気心の知れた斎村君と周る方が絶対楽しいもん」

「嫌に決まってる!」

「ね、通ちゃんもそう思うでしょ?」

「朝比奈! 何とかしてよ!」


 朝比奈は迷った。出来れば舞子と二人で回りたいし、それは芯太郎も望むことである。

 しかし、ここで拒めばそれだけ器の小さい男だと、嫉妬深い男だと思われないだろうか?その疑問が朝比奈のCPUを狂わせた。


「お、俺からも頼む」

「ウッソだろーッ!?」

「やった! 決まりね!」


 どうやら、芯太郎の意志は反映されないらしかった。

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