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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
二年夏 ――戦犯の章――
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45話:熱冷まし

「ストライーッ!バッターアウト!」

「くそっ!」

「集合!」


 新チームに移行しての十試合目、節目の練習試合は朝比奈の三振で敗北が決まった。

 三勝七敗。県内外で交流のある強豪校ばかりを相手取っているという理由もあるが、相手もまた新チームである。負け越しの言い訳にはできなかった。


 三勝はいずれも真柄の完投によるものであり、チームとしての強さの指標にはならなかった。しかも自責は0なのに対し、他責による失点が5もあるという体たらくである。

 一年生投手の竹中は四試合に登板し四敗、防御率は7.91と精彩を欠いている。二年生投手はあと二人いるが、いずれも真柄、竹中に劣り、試合を作ることすら出来ない。


「とにかく、これじゃ甲子園なんか行けっこない!」

「まぁまぁ。そう尖らずに行こうよー」


 苛立つ朝比奈を真柄が宥める。いずれ自分に皺寄せが来るという事に気づいていないのだろうか。


 朝比奈は効率の悪い打撃より、守備に問題があると見ていた。如何に投手が二線級であると言っても、守備に穴が無ければ早々点は取られないものなのだ。どんなに頑張っても所詮三割しか打てないのがバッティングなのだから。

 新レギュラーの成田と、高坂、芯太郎で守っている外野は堅い。問題は内野の守備だった。外野と違い、ポジションのほとんどを三年生が占めていたからである。

 現在のオーダーは以下の通り。


一(中) 高坂(二年)

二(右) 成田(二年)

三(遊) 朝比奈(二年)

四(捕) 里見(二年)

五(投) 真柄(二年)

六(左) 斎村(二年)

七(一) 伊集院(二年)

八(三) 竹中(一年)

九(二) 佐々木(一年)


 真柄が投げない際は投手と三塁手を入れ替えて竹中が投げる、という基本的に不変なオーダーであるが、一、二、三塁手はいずれも実戦経験が乏しい。それは壇ノ浦監督の方針が災いしての事である。

 私立との練習量の差が著しい智仁が対等に闘うために、レギュラーの九人プラスアルファに育成の焦点を絞って練習している。打撃練習もノックも、レギュラーの球数は控えの倍と決まっているのだ。

 競争と言う意識が希薄になってしまい、今まで控えが上手く育たなかった。ただでさえ薄い層が一層薄くなってしまったのだ。

 その弊害により、このオーダーのディフェンスが安定するまでは時間がかかる。より多くの試合数を同オーダーでこなす必要があるが、そうなると控えの層が更に薄くなるし、やる気も下がるであろう事は目に見えている。

 後手後手に回っていた。この試合も一塁側へのプッシュバントが異様に多かった。佐々木のセカンドカバーの遅さ、伊集院のフィールディングの悪さを見抜かれている。


「どうすりゃいいんだ」

「慣れるまで待つしかないな」


 里見はどっしりと構えているべきだと言う。しかし新人戦や秋季大会まであまり日が無いという事を考えると、悠長なことは言っていられなかった。


「もっと控えの層と競わせるべきです」


 朝比奈は壇ノ浦に進言する。競争の意識を煽らなければ、チームとしての底上げは望めないのだ。

 三年が抜け、現在の部員数は二十八人。一ポジション二人以上で競わせ、レギュラーの危機感を煽るべきである。


「お前はまだまだ下手糞だ。だから決勝であんなエラーをする」

「何ッ!」

「お前ら特待生に使っている金、時間。幾らだと思う」

「か、金?」

「授業料も学校が負担してるんだ。控えの一般入試に時間を割いて、お前らが下手になったら誰が責任を取る」


 経営面での意見が混じっていた。朝比奈にしてみれば流石にそこまでは考えていないし、考える必要もないと思った。


「じ、自主練をしますから!」

「指導者のいない練習などたかが知れている」

「……」

「方針は変えん」

「もし、特待生が一人でも怪我をしたらどうするんですか」

「お前らは怪我をしない。本当に立場を分かっているならな」

「そんな……」

「以上だ。今日はもう帰れ」


 話にならなかった。それどころか脅されて帰って来る結果となってしまったのだ。

 もし、怪我をしたら退学にでもするつもりだろうか。どこまでも狂った監督である。


「話、終わったの?」


 職員室から出ると、舞子が待っていた。


「ああ」

「ちょっと、何でそんなに不機嫌なの?」

「当たり前だ!あんな監督、さっさと転任してくれりゃ」


 いいのに、と言いかけて舞子の手が口を覆う。


「馬鹿!主将が造反してどうすんのよ」

「ぐっ、ふぁんふぁふぁんとふ、ほうふいていへふぁい!」


 尚も顔を真っ赤にして猛り狂う朝比奈に、舞子は呆れ顔を見せる。


「ああもう!ちょっと来なさい!」


 舞子は朝比奈の腕を掴むと、階段の裏側へ引っ張りよせた。


「何だよ! 俺は今」

「ここなら、大丈夫よね」

「えっ」


 舞子の唇が朝比奈の唇に重なる。朝比奈はストレートのタイミングをとっていたのにチェンジアップを投げられた様に、虚を突かれて頭がからっぽになった。

 つまり、気分が切り替わった。


「お前、そんな、いきなり……」


 舞子は動揺する朝比奈を可愛く思った。


「もう!そんな何回もしないからね」

「は、はい」


 朝比奈は思う。女と言う生き物は何と逞しいのだろうと。

 怒りは、スポーツにおいて負の効果しか生まない、生産性の無い感情である。それに取りつかれた自分の頭が、一瞬で切り替わった。これは途轍もない事ではないか?

 もし、この方法が他の部員にも通用するとしたら、どうだろう?例えば芯太郎が、舞子の口付け一つで打つ様に……。

 朝比奈は自分の頬を殴った。


「ちょっ、何やってんの!?」

「何でもない。すまんかった。帰ろう」

「うん!」


 朝比奈はまた一つ、舞子を好きになった。

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