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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
二年夏 ――戦犯の章――
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43回:新→神→真

 グラウンドに行く際にも、陰口を散々叩かれた。朝比奈にとって、特待生という立場が如何に両刃であったかを思い知らされる一日となった。もしかすると他の特待生達も同じなのかもしれない。


「整列!」


 片岡達三年生は、既にグラウンドに集合していた。その周りに円を作って二年以下の部員も集合する。

 三年は学ラン姿。ユニフォームを着ていない事で、こんなにも悲壮感を醸し出すものなのかと、誰もが思った事だろう。


「今日で俺達三年生は正式に引退だ。だが最後に新キャプテンを決めねばならん」


 想像通りの展開であった。智仁の野球部は代々、三年生が新キャプテンを指名していく方式をとっていた。


 この瞬間は野球部員なら、誰しもワクワクするものである。

 実力者のあいつだろうか、人望のあるあいつだろうか。もしかしたら自分が……等と、物凄い速度で脳内が小宇宙を形成する。


 朝比奈も思考する。

 冷静に考えれば、扇の要である里見か、もしくは野手の中心である高坂だろう、と人は考える。しかしチームで最も影響力のある選手は、そのどちらでもない事に朝比奈は気づいていた。


 芯太郎である。

 昨日の試合で、朝比奈の数々の造反を無視させるほどのあの一体感を引き出した張本人。一見すると最も主将に向いていない人物だが、一番重要なのは影響力であるともいえる。リーダーシップに繋がる要素である。


 それを持っている芯太郎が、ひょっとしたら指名されるかもしれない。これが朝比奈の出した結論である。


「朝比奈」


 呼ばれたので、振り向く。


「何ですか」

「何ですかじゃないだろうが」

「は?」


 溜め息をつきながら片岡が指をさす。


「お前だよ」

「何が」

「次のキャプテンはお前だ!返事をせんか!」

「え!?あ、ハイッ!」


 言われたから、返事をした。つまり、承諾してしまった。


「あ、いえ、その……」

「何ぞ文句でもあるんか?」

「失礼ながら」


 里見が勇敢にも質問する。


「理由を聞かせていただけますか」

「理由ねぇ」


 片岡が顎に手を当てて数秒黙り込む。


「昨日のクソエラーだ」


 傷口を抉られると同時に、さらなる疑問が生まれる解答であった。昨日のエラーなら、むしろマイナス方向の理由ではないか。


「負けた悔しさってのはな、時間が経つごとに不思議なくらい風化するもんだ。これは当事者から遠いものほど進行が早い」


 確かに、と一同は思った。昨日寝て、今日起きたら、あれほど流した涙がもう出ない。

 人間という物体の凄いところである。


「昨日の敗北の一番の当事者は朝比奈だからな。来年の夏まであの経験は忘れないだろ」

「それだけですか?」

「あと、ショートというポジションが良い。連携プレーが多くて内野のまとめ役に適任だし、外野とも関わりが根強い。まぁ視野が広いってことだな」


 里見はあまりにもあっさりウンウン、と頷いた。どうやら『そういう手筈』だった様だ。


「はぁ、納得です」

「待て待て! 納得するな!」


 朝比奈は話題が収束しかけたので焦った。自分は明らかに首相には向いていないという自覚があるのだ。ここで決めさせるわけにはいかない。


「今の聞いたら納得したけど~?」

「真柄お前さ、俺が人望あると思う?」

「思わ~ん」


 グサリと来たが、朝比奈にはこの意見を利用するしか無かった。


「聞きましたか先輩。キャプテンに最も必要な資質が俺にはない」

「無いな、確かに」

「なら止めるべきでしょう」

「無きゃ、作れ」

「はぁ?」

「作れよ、人望を。後輩にコーラ奢るとかして」


 緊張に包まれた円陣に、笑いが巻き起こった。

 あの芯太郎ですら、少しだけ笑っていた。


                     ******


「お疲れ、キャプテン!初日を終えたご感想は?」

「早く帰って寝たいです」


 舞子が茶化してくる事ぐらいは想像していたので、軽くあしらいながら帰路に就く。


「まっさか、昨日の今日でこんなに環境が変わるとはねー」

「想像しろって言う方が無理だろ、こんなの」

「ねぇ、私思うんだけどさ」

「何?」

「これが通ちゃんを救う唯一の手立てだったのかな、って」

「手立て?」


 舞子は顔を合わせない様に、申し訳なさそうにその話題――すなわち昨日の試合に触れた。


「昨日のエラーって、かなりショックでしょ?で、下手をするとずっとそれが頭にチラついて、え~と……イップスだっけ?とかいう病気にもなりかねないじゃん」

「イップス……」


 その単語は聞いたことがあった。一度失敗した場面にもう一度遭遇した時、筋肉が思う様に動かない現象だったはず。


「それで、キャプテンとしての仕事を与えちゃえば、頭の中がそれで一杯になる。だからそういう事は起きなくて済むし、周りもそれどころじゃなくていずれ忘れる、と言う訳よ」

「なるほど……ってそれ、言ったら意味ないだろ」

「……あ」


 舞子は利き手でコツン、と自分の頭を叩いた。

 朝比奈はスゥッ、と息を吸い込むと、


「ありがとうな」

「え、何が?」

「今朝、お前が連れ出してくれなかったら、何もかもが悪い方向へ向かってたはずだ」


 朝比奈は謝罪の形として低く、低く頭を下げた。


「そんな事無いと思うけど、まぁ気持ちだけもらっとくね」

「あ、あと」

「まだ何か?」

「俺、やっぱりお前好きだ」

「は、はぁ!?」


 緩急を織り交ぜた告白だった。


「本当は決勝で勝ったら言うつもりだった。けど野球を材料にするのはもうやめた」

「何言って……ちょ!」


 大きな腕を巻きつけて抱きしめる。


「俺はお前が好きだ! 大好きだ! ずっと一緒に居てくれ」

「ん、もう」


 上目づかいで朝比奈を見る舞子。目で解答を出していた。


「来年は甲子園、連れてってね」

「おう!」


 朝比奈新キャプテンの激動の一日が終わった。

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