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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
二年夏 ――戦犯の章――
39/129

37回:やったか?は大抵やってない

 予感は的中した。

 初回、真柄は制球が甘く先頭バッターにツーベースを浴び、二番が送りワンナウト三塁のピンチを迎える。


「三番、ピッチャー、最上……君」


 迎える三番は最上。打者としても今大会三割五分、一本塁打とスラッガーぶりを発揮していた。

 それゆえに守備側はスクイズへの警戒に全てを割くことができない。壇ノ浦が出した指示は、内野は中間守備、外野は長打警戒であった。


 一点やっても良い守備をしたい。それが内野陣の本音だった。今日の最上なら、打ち崩す自信があるのだ。だが点差がついてからでは士気が変わり、追いつけるものも追いつけなくなる。


 里見は守備のタイムを取ろうとしたが、真柄が手を挙げて制す。投手の心理からすれば、何と言っても9回まで先は長い。初回でオタオタするのは精神衛生面に悪いのだ。

 里見は球種を迷った。真柄の持ち球はストレート、シュート、チェンジアップ、そして切り札のスライダー。このうちスライダー、チェンジアップは制球に難がある為、初球から投げさせる気は無かった。


――ええい、ままよ!


 初級からスクイズが来たらお手上げ。開き直った里見はインコースにシュートを要求した。少しでも打球を詰まらせるリードである。真柄はノータイムで頷いた。

 次に投げる球種が内野へ、そして外野陣へと伝わる。球種から打球方向を予測するためだ。

 まずは第一球。セットポジションからクイックモーションで、三塁ランナーを目で牽制しながら体重の乗ったストレートを投じる。


 瞬間、里見の背筋がゾクリと蠢いた。その踏み込み、体の勢い。どれもがドンピシャのタイミング。最上は初球にヤマを張っていたのだ。

 カィン、と気持ちの良い金属音が響く。

 呼応して真柄は右後ろを振り向く。打球はレフト線、フェンス前。明らかな長打コースであった。


「戻れ!タッチアップだ!」

「え!?」


 しかし慌てたのは三塁ランナーである。外野の位置は定位置の少し後ろ。あの打球の深さなら確実に落ちるはずなのに……。

 レフトは余裕を持って定位置に存在しているのである。そしてグローブとボールが衝突し、ボールを握力で抑え込む。会心の当たりはレフトフライに変わった。


「ゴォ!」


 しかしタッチアップには飛距離十分。高津が一点を先制した。


「最上、ナイバッチ」

「最低限だな。しかし何であれを追いつくんだ、あのレフト」


 四番は三振に倒れ、一回裏の高津の攻撃は一点に抑えられた。


「っし、行こうぜ!」

「オイッ!」


 最上もまた、乱打戦を予感した。


「芯太郎、ナイス!」

「あれは抜けたかと思ったぜ」


 成田と伊集院が手荒い祝福を与える。


「まぁ深めに守ってたしね」

「だからってあれは無理だろ~」

「ロッツの丘田みたいだったぞ」


 伊集院が真似をしてみせる。


「あそこまで打球を運ぶとしたら、ヤマ張ってるって事しか有り得ない。だとしたら球種が分かってるわけだからわざわざ流さない。サインは内角シュートだったし、打球はレフト線に来る可能性高いだろ。インパクトの瞬間に最低限の方向だけ特定して、打球から目を切ってレフト線に全力疾走した。それだけの事だよ」

「それだけってお前……」


 長文をスラスラと喋り切る芯太郎。仮にそれが出来たとしても、追いつくことは有り得ない。芯太郎の俊足と一歩目の速さが生んだ結果である。


「左中間に飛んでたら逆にやばかったと思う。でも真柄のシュートなら7割型レフト線に来るだろうと思って」


 そう言って芯太郎はハンドタオルで顔を覆った。

 成田は思う。


――こいつがレギュラーで無かったらこのチーム、ここまで来ていないのではないか。


 あながち間違いではなかった。この守備範囲に加え芯太郎の守備率、ここまでで十割である。


                   ******


 二回表、先頭の四番・片岡がレフト前にヒット。里見のツーベースヒットで二・三塁。

 打席には朝比奈が向かう。


 この試合にかけている朝比奈の気合いは凄まじいものがあった。

 この試合は乱打戦になる。ならば、その口火を切るのは自分しかいない。必ず先制の打点をものにする。

 ベンチから指示が出る。その朝比奈はサインに憤慨した。


 待球。ボールカウントが悪くなるまで手を出すな、ということである。

 片岡と里見はいずれもノーツーからの三球目をヒットした。この回、最上はストライクが入っていないのである。つまり四球を選べる可能性が高い。


 しかし打順は下位に向かうのである。ここは六番打者の打率に一番信頼がおけるはずなのに、待球。理由は直ぐに思い浮かんだ。芯太郎である。


『満塁で芯太郎に渡せ』


 壇ノ浦監督はそう言っているのだ。

 冗談では無い。朝比奈は憤慨した。


 打率三割五分の六番打者が、一・三塁の大チャンスで打率一割八分の七番打者に繋ぐ?

 有り得ない事だった。ストライクの取れていない最上は、初球ボールをストライクゾーンに置きに来ることは明らかだ。ねらい目なのだ。


 朝比奈は何とサインを無視した。高校野球で……否、野球全体での御法度である。

 想像通り、ど真ん中に来た力の無いボールを思い切り叩く。


「貰った!」


 しかしボールの下を擦ってしまう。典型的な打ち損じであった。

 打球はレフトの定位置へ飛んだが、タッチアップには微妙な飛距離。三塁コーチは指示を迷った。

 しかし、次打者は芯太郎。二塁ランナーの里見もタッチアップすれば、ほぼ必ず打ってくれる。とりあえずここはタッチアップで一点を取りに行くべきだ。


「ゴーッ!」


 指示と同時に片岡はスタートを切る。決して俊足では無い彼は、きわどいタイミングになれば意識的にぶちかましを決める覚悟であった。

 しかし、その間もなく送球はホームへ返って来た。


「何だと!」


 三本間に挟まれ、タッチアウトを受け入れる片岡。レフトの肩と中継プレーの速さが尋常では無かったのだ。

 今大会初めてのケース。高津の守備データが十分に揃っていなかった事も災いした。


「朝比奈、来い!」


 壇ノ浦がサイン無視の罪を犯した朝比奈を呼びつける。


「何故初球を打った。待球のサインが分からないわけではないだろう」

「あまりにも良い球が来たので、つい」

「甘い球なんか後でいくらでもくるんだ。球数を投げさせる事が重要なのがわかるだろう」

「球数……?」


 芯太郎に繋げるための采配の癖に、壇ノ浦は口に出さない。朝比奈にはそれが壇ノ浦の逃げ口上のように聞こえた。


「すみませんでした」

「もういい。次はサインに従え」


 壇ノ浦が唇を噛んでいるのが見えた。


「クソッ!」


 ベンチ裏に下がってから、置いてあるバケツを思い切り蹴り上げる。

 グラウンドでは、芯太郎のバットが快音を生んでいた。


「うわっ!?」


 三塁手真正面の痛烈なライナー。グラブを突き破らんかという勢いだったが、執念でボールを離さなかった三塁手に軍配が上がった。


「こ、この状況で無得点やと……!?」

「芯太郎でダメだとは思わなかったね~」

「……真柄。今日は一点勝負やぞ」

「ちょっとちょっと~。援護くれない宣言は止めて欲しいな~」


 次打者高木もサードゴロ。無死二・三塁のチャンスはまさかの無得点に終わった。


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