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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
二年夏 ――戦犯の章――
37/129

35回:大都会

 夏の予選が始まった。智仁は今年は第三シード。

 決勝で去年の優勝校・高津学園と当たる組み合わせである。

 オーダーもここに来てようやく固まった。


一(中) 高坂(二年)

二(三) 田口(三年)

三(右) 芝原(三年)

四(一) 片岡(三年)

五(捕) 里見(二年)

六(遊) 朝比奈(二年)

七(左) 斎村(二年)

八(二) 高木(三年)

九(投) 真柄(二年)


 スタメンの半分以上を二年が占めると言う、若いオーダーとなった。しかし特待生の四人にしてみれば、むしろ遅いぐらいのオーダー固定である。


「どーだ芯太郎! 六番だぞ六番」

「はいはい……俺は何番でもいいんだってば」


 朝比奈は芯太郎よりも評価された(?)事が嬉しくて仕方がない。そう、自分達は勝たせるために智仁に来たのだ。この夏はそれを証明する絶好の機会だった。


 イップスになりかけていたのを克服しリードオフマンを任された高坂は、この大会絶好調。出塁率四割を叩きだし、準決勝まででチーム一の得点を稼いでいた。

 里見も打率三割、五打点を稼ぎ守っては阻止率五割。真柄を含め三人の投手をしっかりとリードできている。

 そして朝比奈は打率三割五分と安定感を発揮。里見と共にランナーを返すクリンナップとしての役割も担えば、下位に繋ぐチャンスメーカーとしても機能していた。


「っしゃ! 続けよ、芯……」

「アウト! スリーアウトチェンジ!」

「太郎……ってもうアウトになったのかよ!」


 しかし、彼らが繋いだ後が問題なのである。

 芯太郎の今大会の打率は一割二分。打点もゼロ。ランナー三塁で回ってくることも無く、完全に守備の人と化していた。

 後続の高木の方が二割五分と、まだ打率がいい。真柄も負担を少なくするために九番を打ってはいるが打率三割、三打点と活躍している。芯太郎はスタメンで出るなら九番が妥当だというのが朝比奈の主張である。

 主将の片岡に何度も直訴したが、あしらわれた。


「そりゃクリンナップに居座るなら俺も抗議するが、七番だし守備はプロ級だ。戦力以外の何物でもないだろ」


 確かにそうなのだが、いくら自分がランナーに出ても肝心の芯太郎が返してくれないのでは、どうしても打線が繋がり切れていない様に思える。

 準決勝が終わった後、朝比奈は舞子と帰路につく。


「明日は遂に高津かぁ」


 練習試合を含め、何度も苦汁を舐めさせられている相手。甲子園の壁と言える静岡最強チームである。


「自信のほどは?六番打者」

「明日は俺がインタビューを受ける!」

「おおっ、大きく出たね通ちゃん」

「おい……」


 下の名前で呼ばれても、不思議とカチンと来ない。舞子がからかう為に言っているのではない事が分かるからだ。

 朝比奈は決めた。明日の決勝に勝ち、甲子園出場が決まったら、舞子に告白しよう。

 自分が打って決められれば、最高だ。迷わず、皆が見ている前で抱きしめてしまおう。


「じゃあ、さよなら。明日頑張ってね!」

「おう」


 急に舞子が眩しく見えて来た。朝比奈は本能的に、自分たちが相思相愛であることに気づいていた。だから将来の為にも、馴れ初めは華々しいものにしたい。

 それが雑念であることに、朝比奈は気づくことが出来なかった。


                   ******


「はぁ……」


 同時刻、芯太郎は屋上で溜息をついていた。


「何やねんそれ。こういう時は普通、気合い入れるもんやろ」


 入口の人影から、ミネラルウォーターが飛んでくる。丁度今、芯太郎が欲しかった物だ。


「高坂か」

「真柄は里見と入念な打ち合わせしとるから分かるにしても、何でお前はまだ休まんの?」

「一割二分」

「は?」

「一割二分だよ……それで決勝出なきゃならんなんて……」


 当然ローカルでのテレビ中継は免れられない。低打率が惜しげもなくお茶の間に晒される事になる。両チーム中最低打率の芯太郎は晒し者間違いなしであった。


「六十人や」

「何が」

「うちの部員。ベンチ入りはその中の十八人。お前はさらにその上の九人のレギュラーの一人やぞ」


 何が言いたいかは大体伝わった。


「甘ったれたたこと抜かすな」

「誰も納得はしてないだろ」

「選ばれるのには理由があるやろ」


 普段は打てなくてもこんなに落ち込まない。打撃に無関心なのが芯太郎である。だが今日はワザとらしいほど後ろ向きだ。


「俺は依怙贔屓だと思われてる」

「お前の守備は職人芸や」

「外野の守備は内野と比べて単純だ。誰でも出来る」

「んなわけあるかい!」


 この状態の芯太郎には、いくら激励しても気持ちを晴れさせることは無理そう。


「ちょっと聞くの怖いこと聞くが」

「じゃあ聞かないでくれ」

「お前も、イップスなんか?」


 芯太郎の体が硬直した事が分かる。どうやら図星の様だ。


「……だったら?」

「榊原って医者にかかっとるの、お前やろ」

「だったら?」

「いつか治ると思うで。俺も治ったんやし」


 いきなり芯太郎の目が剥き出しになり、高坂に掴みかかる。


「治る? 治るだと! 適当な事を言いやがって!」

「ちょ、何や!落ち着け芯太郎」

「お前のなんてな、まだ兆候が出ただけだったから間に合っただけだ! 一度体が覚えてしまったら治るかどうかなんて……」


 そこまで言ってから、芯太郎は我に返る。ゆっくりと高坂を放す。


「ごめん。ついカッとなって……」

「いや。まぁ分からんでもないし」


 踏み込んだ自分にも責任があるとし、高坂は怒らなかった。

 これ以上話したところで進展があるとも思えなかった高坂は、両者のメンタルを温存するために就寝を選ぶことにした。


「じゃあ、俺は寝るわ」

「うん。俺ももう少ししたら休む」

「芯太郎、明日は打てるで」

「……」


 高坂は、芯太郎のイップスの本質を見誤っていた。


「そう、『打てる』んだよ……」

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