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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
二年夏 ――戦犯の章――
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34回:体が覚えてら

 その夜、高坂は寮の屋上へ向かった。

 物置にバットが隠してあるのを知っていたからだ。今は素振りをしたくて仕方がなかった。


「ん?」


 バットを振る音が聞こえる。先客がいるようだ。

 真柄と芯太郎であった。


「それじゃ何度やっても同じだよ~」

「そう言われても、どこが悪いか分からないよ」


 シャドウピッチングをしている真柄の正面で、芯太郎が素振りをしていた。

 高坂にとっては意外だった。二人ともこういう類の努力はしないタイプだと思っていたからだ。


「ドアスイングじゃ打てないよ。もっと大根切りみたいにするのが丁度いいよ~」

「ダウンスイングってこと?」

「そうそう。金属バットってダウンスイングで強いゴロとか高いゴロ打てるのが強みなんだから」

「でも満塁でゲッツーなんか打ったら」

「あ~もう!」


 頑なにスイングを変えようとしない芯太郎に、真柄が業を煮やしているらしかった。

 芯太郎のマイナス思考な言い分に、高坂までイライラして来た。その気配を見逃す真柄ではない。


「高坂も何とか言ってやってよ~」

「何ィ!?」


 高坂は嫌な汗を背中にかいた。完璧に気配を殺していたつもりが、真柄には通用しないらしい。


「もうバレてるから、ほらほら」

「チッ……」


 観念して入口の死角から姿を現す。


「何か用?」


 練習を覗かれて不機嫌になったのか、芯太郎がぶっきら棒に用件を尋ねる。


「バットを貸してくれ」

「嫌だ」

「何でや。お前打つの嫌いなんやろ?」

「打つのは嫌い。振るのは嫌いじゃない」


 芯太郎は抱き枕の様に強く掴んで離さない。


「俺も素振りがしたくなったんや」

「ダメったらダメ」


 珍しく芯太郎が強気だ。高坂もその強い拒絶に身構える。


「何でやねん?」

「これ俺のバットだから」

「だから頼んどるんや」

「普段なら貸すけど、高坂は今バットを振らない方がいい」

「はぁ?」


 医師の榊原と同じことを芯太郎が言う。何かを見透かされた様な気がしてカチンと来る。自分の体の事は、自分が一番よく分かっているのだ。


「どいつもこいつも同じことを! 何で振っちゃアカンねん」

「時間が解決してくれるよ」

「時間?」


遠くの山に視線を移し、軽くスイングを見せる芯太郎。


「俺は間を置かずに打っちまったから、『こうなった』」

「何の話やねん」


 真柄が言葉を足したがってソワソワしている。


「真柄、こいつは何が言いたいねん」

「芯太郎『も』イップスなんだよ」

「真柄!」


 誰にも言わないという約束だったのに、容赦なく破り捨てる真柄に、芯太郎は裏切りを感じた。

 しかし真柄は気にしない。


「ま、騙されたと思ってあと少し待ちなよ」

「何でだよ」

「今結果を重ねると、後で後悔するよ。絶対」

「……」


 妙な説得力があった。これは経験から来る言葉であると、場の雰囲気が告げていた。


「分かった。芯太郎」

「何?」

「次は俺も呼んでくれや」

「えぇ~?」


 返事をする間もなく、高坂は階段を降りて行った。


                   ******


 三日後の朝練で、ようやく高坂はバットを持つことを許された。

 その嬉しさを汲んだチームメイト達は、特打ちの一番手を快く譲ってくれたのだった。


「二十球だ」

「はい!」


 高坂の入ったケージのバッティングピッチャーはマシンではなく、コーチの屋島が引き受けた。私立との練習量の差を少しでも埋めるための朝練なので、マシン以外にも人員をつぎ込んで打たせているのだ。一秒たりとも無駄には出来ない。屋島は次々にボールを投げ込む。


「むっ」


 感覚が上手く戻っていない高坂は初球を空振りする。

 二球目も。

 三球目もバットが空を切った。


「何してる!しっかり踏み込んで打たんか!」


 そうは言っても、延べ一週間も打撃から頭を離していたのだ。

 固まっていたはずのタイミングが、距離感が、まるで掴めない。


「おいおい成田、飛ばすねぇ」


 朝比奈の声が聴こえた。隣のケージで、成田が快音を飛ばしている。

 その音が、高坂の闘志に火をつけた。

 次に投げ込まれたボール目がけて思い切り右足を踏み込み、ダウンスイングで上から思い切り叩いた。

 にも関わらず、ボールの若干下を叩く結果となった。


「うおっ」


 屋島コーチが身構える。打球はピッチャー横をすり抜け、右中間へとスライスしていく。


「よーし、それだ!」

「え?」


 高坂は自分の今の打球で、既にイップスを打破した事に気づいていなかった。

 その後の十四球中十球をライト方向へ只管引っ張り、特打を終えた高坂はコーチに礼をし、ケージから出た。

 次に順番を待っていた真柄がハイタッチを求めて来た。


「何やねん」

「だから言ったじゃん。良かったね」


 取りあえずハイタッチに応じる高坂。

 その隣のケージでは、芯太郎が打っていた。

 その力のない打球は、数日前の高坂の打球とダブって見えた。


 そこで、高坂は気づいた。

 もし、焦って打撃練習をし、力の無い打球を飛ばし続けていたら、体がその感覚を覚えてしまったかもしれない。そう考えるとゾクリ、と背筋が寒くなった。

 打撃を買われて特待生として迎えられたのに、強い打球が飛ばせなくなっていたら……。


 芯太郎の歯ぎしりが聴こえる様な気がした。

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