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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
二年夏 ――戦犯の章――
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33回:ドーンと来て

「成田!」

「待て!行くな」


 顔面に打球を受けた成田の所へ駆けて行こうとする高坂を、片岡が制する。


「あれは十割、あいつの不注意に責任がある。マネージャーに任せておけ」

「でも!」

「練習を止める事は許さん。主将命令だ」

「くっ……」


 運ばれてくる成田の姿が見える。その顔を見て、高坂は戦慄した。

 あの端正な顔達の成田が、頬を紫にして、まるでエイリアンの様な顔立ちになっている。

 あの顔にさせたのは、他でもないこの自分である。その事実がバーベルの様に、物理的な負荷となって感じられた。

 精神が蝕まれているのが分かった。


「す、すみません、ちょっと……」


 いつの間にか、吐き気まで催していた。


「チッ……もういい。代われ」

「すんません、すんません」


 高校生とは、精神が脆い者である。ましてチームプレイの求められる高校生ならば尚更だ。

 あと二年、共に釜の飯を食う同級生を傷つけたとなると、その自責の念は計り知れない(上級生相手ならもっともっと重いが)。

 ケージを抜け出した高坂は、脱兎の如く成田を追った。


「大丈夫か、成田!」

「高坂君、今喋れないから」

「あっ、スマン」


 成田は氷で顔を冷やしているが、腫れが引く様子は無い。もしも目に損傷があったら、選手生命どころか人生に関わる。


「はよ病院に連れて行ったらな!俺が付き添う」

「だめよそんなの。レギュラーメンバーが非もないのに付き添いなんて、造反になっちゃう」

「サボリの口実じゃない。俺の打球で怪我したんやぞ」

「事故なんだから、気にしちゃだめよ」


 そう言うと、舞子は成田の肩を担ぎ、進藤コーチの車で病院へ向かってしまった。

 その日のシートノックで、高坂は数えて五つものエラーをし、再びグラウンドを走らされた。


                    ******


「どうした!引っ張れ!右中間を割って見せろ!」

「くっ」


 あの日以来、高坂はスランプに陥り、セカンドフライを量産していた。


「アカン……なんでや!」

「高坂」


 壇ノ浦が歩み寄る。


「監督、調子は必ず戻しますから」

「お前は一週間、ノースイングだ」

「は?」


 もっともっと振って、打ちながら調子を取り戻すつもりだった。その彼にとって、あまりに残酷な辞令が出てしまった。


「返事は」

「ちょ、待ってくださいよ!何で俺が」

「お前には休息が必要だ。指示に従え」

「……」


 辞令である。拒否権は無い。


「返事は!」

「は、はい!」


 高坂は特待生である。造反して退部になれば、ただ飯喰いになってしまう。

 頷かないわけにはいかなかった。


「本当に恨詰め過ぎだったよ、傍から見ても」

「そうかなぁ……」


 マネージャーの並里に付き添われて、紹介して貰った病院へ向かう。


「どこも怪我なんてしてへんのに」

「まぁ、普段あれほど引っ張りの上手い高坂君だもの。監督もまず怪我を疑うわよ」

「そうかなぁ」

「そうよ」


 並里は二年から高坂と同じクラスで、マネージャーとしての管理能力もピカ一である。一部では『壇ノ浦監督の右目』とすら言われているとかいないとか。


「じゃあ、私はここで待ってるから」

「おう。すぐ済むと思うから堪忍や」


 壇ノ浦から紹介されたスポーツドクター。信頼を置いて良い人物なのであろうが、正直どのように症状を訴えるべきか高坂は悩んだ。

 なにしろ、身体的な異常はどこにも見当たらないのだ。


「失礼します」

「座って下さい」

「失礼します」


 二回も失礼してしまった。


「壇ノ浦先生から話は聞いていると思います。高坂新兵と言います」

「はじめまして。僕は壇ノ浦先生の大学の同級生でね。榊原と言います」

「よろしくお願いします」

「では、症状を教えてくれるかな?」


 高坂は迷った末、包み隠さず全て教えることにした。

 自分の打球が成田に当たり、重傷を負わせてしまった事。それ以来、強い打球が打てなくなった事。体の故障はなんら無い事。

 それらの情報を聞いた榊原は、即座に診断を下した。


「恐らく、イップスの予兆ですね」

「イップス?」

「君は責任感が強い方ですか?」

「中学ではキャプテンやっとりました」

「ふむ」


 榊原は看護婦にメモを手渡す。それを見るなり、看護婦は姿を消した。


「薬を出しておきますね。あと二日はバットを握らない事。一週間して直っていなかったら、また来てください」

「はぁ」

「しかし君といい、あの子といい、壇ノ浦先生の指導は……」

「あの子?」

「いえ、君とは関係ありませんよ。では、お大事に」


 あまりに短い診察に、高坂は戸惑いながら並里の待つロビーへ戻る。


「えっ、もう終わったの?」

「薬出されるから待てって」

「じゃあ私が処方箋貰いに行くね」


 自分で行く、と言いかけたが処方箋と言う言葉を知らなかったため、行ってもらう事にした。

 並里と一緒にグラウンドへ戻ると、成田が復帰していた。


「お、おい!大丈夫なんか」

「顔が腫れただけで練習は休めないよ」

「いやいや、休んでええやろ!」


 自分の打球で怪我をさせたのだ。練習して悪化されたら、高坂は更に精神衛生が悪くなってしまう。だが、北条は想像以上に軽傷だったらしく。


「骨に異常は無いって。目もね。打撲だけで済んだから許可貰って練習してるんだ」

「そ、そうか」

「お前調子崩してるんだってな。センターにもチャンスはあるか」

「何!?」


 おーい、と外野を招集する声が響き、成田は戻って行った。

 高坂はバットを持てない事がもどかしかった。もしかしたら本当に、と思うと危機感を煽られずにはいられない。


「何してんだ高坂!着替えてノックに入らんか!」

「は、はい! 今行きますんで」


 ノックをしている片岡の激が飛ぶ。言われるまでもなく高坂は、カッターシャツの下にアンダーを着こんでいた。

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