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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
二年夏 ――戦犯の章――
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32回:前方不注意

当初の予定通り、次の世代の新入生には特待生枠が設けられなかった。


『昨年の四人の特待生を優遇するから、レギュラーを奪うのは難しい』


 と言う様な噂が立ったせいか、新入部員は十八名と、例年に比べると若干少ない数字となった。


「キャプテンの片岡だ。よろしく頼む」

「ハイッ」


 覇気のある返事が返って来た。これだけで、ある程度は纏まりがある学年だという事が分かる。もっとも新入生というものは最初、大抵は猫かぶりをしているのが定番だが。


「芯太郎、キャッチボールやろうや」

「うん」


 練習が始まった。最近のキャッチボールの相手は高坂で固定になっている。レギュラーの選手は送球練習も兼ねて、中継プレーで繋がるポジションの選手とキャッチボールする決まりになっている。

 例えば芯太郎は左翼手なので、遊撃手か三塁手という事になる。しかし遊撃手はというと……。


「成田、キャッチボール」

「いいけどお前、偶にはレフトとやれよ」


 朝比奈である。もうチームメイトになって一周年だと言うのに、芯太郎に対抗意識を燃やしまくっている。

 そのため、芯太郎は高坂か、三年の三塁手とキャッチボールをするしかない。高坂は同じ寮生の芯太郎に対し、いくらか友好的な節があるため断る事は無いのだ。


「おい、やるのかやらへんのか?」

「ああ、ごめん」


 高坂の胸元へと山なりのボールを放る。芯太郎のコントロールはいいため、高坂は芯太郎とのキャッチボールは嫌いではなかった。


 しかし、芯太郎の存在がチームの結束をあと一歩のところで阻んでいる事もまた、事実だった。

 あの東海大会以降、「やはり芯太郎は手を抜いていたのではないか」という噂が絶えない。

 更にあの試合から後、いつものドアスイングに戻ってしまったのだ。調子の浮き沈みが激しすぎて、気まぐれにやる気を出す男と見られても仕方が無かった。


「芯太郎、もっと早く下がってくれんか」

「うん」


 今日は肩が温まるのが早いと感じた高坂は、早く遠投を始めたい気分だった。キャッチボールは肩を壊さない様に最初はほとんど目の前から始めて徐々に下がって行くものだが、早めに距離を開けてくれることに芯太郎は快く同意してくれる。


 だから、嫌いでは無い。


 高坂は芯太郎の胸目がけて、鋭いボールを放る。力が入り過ぎたのか、頭部付近へ若干浮いてしまった。

 パァン、と乾いた良い音を残してキャッチを完了する。


――送球の正確さも、俺よりアイツの方が上やな。


 はっきり言って、守備のセンスはあるどころか今すぐプロに行っても通用するかもしれない。

 だが、打撃の方は……。


 去年の秋。結局芯太郎は七番レフトに固定され、全試合に出場した。


 しかし結果は打率2割(最後の4安打を除けば、0割5分)。東海地区大会に進んだものの、先の通り一回戦敗退。当然センバツでも選ばれることは無かった。

 その後の練習試合でもその調子は続く。得点圏での打率も2割。ランナー三塁時は7割5分と高打率を残したものの、その他では結果を残せなかった。


 芯太郎が打線の繋がりを阻んでいる事は、もはや火を見るより明らかだった。

 正直言って、高坂以外の部員も、壇ノ浦監督の指揮能力を疑う目が強くなっている。

 マイペースな真柄は気にしていないようだが、何とか芯太郎を排斥しなければ甲子園は苦しいかもしれない。朝比奈ならずとも、そう考えたくなってくる。

 だが芯太郎の守備は捨てられない。それは分かっている。だが、打線を繋げられなければ、甲子園に行けない。行けなければ、名門校からの誘いを蹴ってまでここに来た意味が……。


「おい、行ったぞ!」

「え?」


 芯太郎の声で、自分が考え事を優先して感覚をシャットダウンしていた事に気づく。


「うお!?」


 遥か上空から近づいて来る硬球は、まるで隕石が落ちて来たかのような錯覚を覚える。下手をすれば大怪我の危機だったが、間一髪で避けることができた。


「芯太郎!いきなり危ないやろ!」

「そりゃこっちの台詞だよ!ちゃんと相手見といてよ!」


 芯太郎の横で里見とキャッチボールをしている真柄が大爆笑している。


「お前ら、真面目にやれ! 新入生が見てるだろうがボケ!」


 片岡主将の喝が飛ぶ。

 高坂はキャッチボールの後、グラウンド5周のペナルティを課せられた。


「悪かったな、高坂」

「いや、あれは完全に俺の不注意やから」


 気遣いも忘れない。高坂はこの献身的な姿勢を評価もしている。だが、誰かに嫌われるのを恐れている様にも思えた。


「お前、そんなに気使わんでもいいんやぞ」

「いや、別に」


 芯太郎は顔を背けると、そそくさとフリーバッティング用のケージへ向かってしまった。会話を打ち切りたかったのが見え見えである。

 そしていつものドアスイングで、凡打の山を築いていく。この姿を新入生に見られているかと思うと、少々不憫な気持ちになってくる。

 しかし不思議、と言うより納得いかないのが、監督もコーチも全く芯太郎のフォームを弄ろうとしない。どう考えても矯正が必要な、酷いスイングだというのに。


「おかしいと思うだろ?」

「あん?」


 どこから沸いて出たのか、朝比奈が真横に立っている。


「何か力が働いているとしか思えない」

「力って?」

「あいつの親の財力、とか」

「そこまでしてフォーム弄られたくない理由ってなんやねん」

「まぁ、そこなんだけどなぁ」


 相変わらず適当な事を言う男だ、と高坂は密かに思った。

 野球センスは相当なものがあるのだから、もっと一途になればこれほど頼れる男もいないだろうに。

 それもまた、芯太郎の存在が成している事なのだろうか。


「じゃあ、俺の番だから」


 朝比奈がケージに入る。入って早々、一球目を左中間にかっ飛ばした。

 秋季大会以降の練習試合で三割三分の高打率をマークしただけあって、打撃センスはピカ一である。

 朝比奈だけではない。真柄はエース番号を争う程の投手に成長しているし、里見は不動のエース捕手だ。この特待生達がいれば、甲子園も夢ではない。

 そして高坂自身も、出塁率四割のリードオフマンである。


「空いたぞ、高坂」

「ウッス」


 片岡主将が打ち終わり、次は高坂がケージに入る番である。

 課題は見えている。打球のスピードである。

 思い切り外野を割る様な、球足の速い打球を打つ。その為にはレベルスイング(地面と平行なスイング)を心掛けることだ。ボールとバットを正面衝突させる。これが強い打球を生むのだ。

 気合いを入れて左打席に入り、まずは一球目。


「シュッ!」


 インパクト時に声を出してしまうのが高坂の癖である。気持ちのいい感触と共に、程よい摩擦を加えた打球は右中間へ。

 想像通りの強い打球が……。


「あっ、危ない! 成田!」

「えっ……あっ!」


 鈍い音が、右中間に響いた。

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