30回:急に打球が来た
真柄と望田の投げ合いは9回まで膠着状態のままであった。3対0。3点ビハインドの中、智仁高校は9回裏の攻撃に挑む。
流石の望田も疲れが見えてきたのか、ツーアウトを捕ってから4番・片岡にフォアボール。5番里見はショートゴロだったが、
「すまん、望田」
「イレギュラーです。気にしないでください」
ショートのファンブルで出塁する。そして6番岡島にもフォアボールを出してしまう。
そして。草薙球場が、観客が、今日最後にして一番の山場に燃えている。望田が打たれたヒットはたったの三本。その三本を全て、同一人物が放っている。
「七番、レフト、斎村……君」
『アール・クン・バンチェロ』のリズムに乗って、芯太郎が打席に入る。追い詰めているのが芯太郎、追い詰められているのが望田……のはずなのだが、両者の表情はまるで逆であった。
「いくよ、シン」
今度は吹奏楽部の気合いが勝ったか、望田の声は芯太郎に届かない。会話を諦めた望田はランナー無視のワインドアップから、第一球。
ズシリと決まる、142キロのストレート。流石に球速は落ちてきているが、ここ一番の球は140キロを超えてくる。芯太郎は微動だにしない。
「顔が蒼いな。そのバンダナと同じ色だ」
「……」
聴こえてはいないが、何を言っているのかは大体察した。
「サード、来ますよ」
引っ張りを警戒して、サードは守備位置を後ろに下げる。前の三打席は、いずれも左方向(サード、レフト側)なので当然の対応である。
続けて第二球。ここで予想だにしない行動を芯太郎が見せる。
「あっ」
リリースの直前、体を正対させた芯太郎を見て、望田は狙いに気づく。そして気づいた瞬間、彼の指先に否応なく力が入った。
「っらぁぁぁ!」
今までにない『ノビ』。初速と終息の差が少ないストレートが、芯太郎のセーフティバントを阻んだ。
硬球がバックネットに突き刺さる。バットを弾き飛ばす勢いの速球は、電光掲示板に145キロを記録した。
「『呪い』から逃げようったってそうはいかない。次もバントしてみなよ? その瞬間、試合終わるから」
「くっ」
芯太郎は、バットをどうしても振りたくなかった。状況が、過去の1ページと酷似していたから。
これから起こる事が、何となく分かってしまうから。
「斎村、何をしてる!」
どうやら芯太郎のセーフティに激怒したらしい壇ノ浦監督が怒鳴る。ブラスバンドの音すら突き破って届く、重低音を聴いて芯太郎は我に返る。
その様を見て、朝比奈はどこか引っかかった。
――セーフティだって立派な戦法だ。なんで監督はこんなに怒る?
「分かっているな?」
「……はい」
芯太郎は再び、バットを一塁方向へ向ける。壇ノ浦の一睨みで、セーフティは取り止めたらしい。前進守備を敷きかけていた内野陣が、一歩二歩と後ろへ下がる。
「こっちも体力がもたんからな。遊び球はつかわないよ。打てるものなら」
振りかぶって投げおろされる第三球。誰もがストレートを予想するこの場面で。
「打ってみやがれ!」
望田は思い切り「落とした」。
ランナーが三塁にいる場面。ここでのフォークは、守備側にとっても攻撃側にとっても最凶のボールである。一番手を出しやすいど真ん中から落ちてくる。キャッチャーが止める事さえできれば、打てるはずのない球。それほどまでに高リスクな、ワンバウンドのフォークボール……。
だが、そのボールの影を芯太郎のバットが包み込む。
芯太郎は精一杯の忠告を、誰にともなく叫んだ。
「避けて!」
「なっ!?」
その打球は、吸い込まれる様にランナーと衝突した。




