27回:微笑みが消えていた
芯太郎の動きが鈍い理由は、左翼スタンドにあった。
「シン」
「……」
「シーン」
望田佐那が、芯太郎の後ろでずっと声援を送っているのだから、無理もなかった。
「どうしたの? 今日あんまり楽しくなさそう」
「そりゃ、そうだよ」
「守備の時は某左翼手が如く、ニッコニコで守るのが芯太郎でしょ?」
真柄の投球を見届けると、芯太郎はスタンドに振り返る。
「あ、やっとこっち向いた! 今日もカッコイイよ」
「佐那、征士郎は何で戻って来たの?」
佐那は人差し指を唇に当てて、考える仕草をした。
「きっと、また芯太郎と遊びたくなったんだよ。セイちゃんは」
「……」
芯太郎の顔は、終始青ざめていた。
******
「ショート!」
鋭い打球がショート左に飛ぶ。朝比奈はグラブを目いっぱい伸し、逆シングルで捕球する。
「サードだ、ゲッツー!」
里見の指示を聞くまでもなく、朝比奈は倒れながら三塁へ送球。二塁ランナーは間に合わずフォースアウト。更にファーストへの送球が間に合い、ダブルプレーの完成となった。
「ナイショー」
「ナイス朝比奈」
「あれぐらいはチョロイすよ!」
朝比奈の好守備もありツーアウトとなったが、ダブルプレーの間に三塁ランナーが還り1失点。初回は計三失点の最悪なスタートとなった。
「打てばいい、ここからここから!」
主将の片岡が気合いを入れて打席に入る。マウンドには変わらず、望田征士郎が仁王立ち。
「芯太郎~」
「何? 真柄」
手首をしならせて、キャッチボールの意志を伝える真柄。芯太郎は苦い顔をした。この回一人出れば、七番の芯太郎に回ってくる。なのに守備の準備をすると言う事は、4~6番を信頼していない事になってしまう。
「いいから~」
「まったくもう……うわっ」
ベンチの小さな階段に引っかかって、芯太郎がズッコケる。周りから大笑いが起こるであろう場面であるが、ベンチ内の視線は芯太郎には向けられていなかった。
「くっそ! またあのツーシームかよ!」
凡退した片岡が地団太を踏んで帰って来たからである。
「駄目だ、どうしてもボールの上を叩いちまう。里見ィ! 分かってるな?」
里見はヘルメットのツバを掴んで、了解の意を示す。つまりツーシームは捨てていけと言う事である。
「来い!」
里見のヒッティングマーチ『アフリカン・オブ・シンフォニア』が流れ始める。ジャングルの王者を思わせる、里見らしい荘厳な曲だ。
里見は外角のストレートに的を絞る。しかし投じられた三球は、狙いを見抜かれたかのように全てインコース。
「くわっ」
最後はやはり125キロのツーシームに打ち取られ、ツーアウト。
「ほらね。トントン拍子」
「ほらねじゃないよ真柄。主将と里見に失礼だろ」
真柄は気にせず、黙々と肩を作っている。芯太郎も呆れ顔である。
「そろそろネクスト行くよ、俺」
「芯太郎さぁ、あの投手知ってるんだよね?」
「……うん」
真柄は距離を詰めながら、キャッチボールのシメに入る。
「今日ロボットよろしく動きが堅いのは、あのピッチャー意識してるせい?」
「……さぁね」
「気になるな~俺」
芯太郎は珍しく真柄を睨み付けると、力なく口を開いた。
「やっちゃいけない事やったんだよ、俺は……」
芯太郎がネクストに入ると、6番の岡島がショートゴロに倒れた所だった。
芯太郎はバットを置いて、また佐那のいるレフトへ走っていく。ベンチから、望月征士郎のキツイ視線を浴びながら。
そして肩がほぐれてきた真柄が三人で片付けたせいで、その視線は直ぐに打席で浴びる事になったのだった。
******
「プレイ!」
芯太郎のヒッティングマーチ『アール・クン・バンチェロ』の演奏が始まる……と言っても打率0割の芯太郎である。心なしか吹奏楽部もやる気がない。
だが、マウンド上の男は、それまで誰にも見せなかった明るい表情を芯太郎に向けてくれた。
「久しぶりだねー、シン」
「……うん」
吹奏楽部のやる気がないおかげで、二人はお互いの声をギリギリ聞き取れる。
「征士郎がまた野球やってたとは、知らなかったよ」
「そっちこそ、まだ野球やってたんだ?」
「……」
爽やかな笑顔と声の中に、確かに含まれる怒気が芯太郎に襲い掛かる。
「ぶつけられても、文句はないよね?」
「……本気?」
「冗談だよ。半分は」
芯太郎はメットのツバで目線を隠した。




