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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
一年秋 ――前進の章――
29/129

27回:微笑みが消えていた

 芯太郎の動きが鈍い理由は、左翼スタンドにあった。


「シン」

「……」

「シーン」


 望田佐那が、芯太郎の後ろでずっと声援を送っているのだから、無理もなかった。


「どうしたの? 今日あんまり楽しくなさそう」

「そりゃ、そうだよ」

「守備の時は某左翼手が如く、ニッコニコで守るのが芯太郎でしょ?」


 真柄の投球を見届けると、芯太郎はスタンドに振り返る。


「あ、やっとこっち向いた! 今日もカッコイイよ」

「佐那、征士郎は何で戻って来たの?」


 佐那は人差し指を唇に当てて、考える仕草をした。


「きっと、また芯太郎と遊びたくなったんだよ。セイちゃんは」

「……」


 芯太郎の顔は、終始青ざめていた。


                   ******


「ショート!」


 鋭い打球がショート左に飛ぶ。朝比奈はグラブを目いっぱい伸し、逆シングルで捕球する。


「サードだ、ゲッツー!」


 里見の指示を聞くまでもなく、朝比奈は倒れながら三塁へ送球。二塁ランナーは間に合わずフォースアウト。更にファーストへの送球が間に合い、ダブルプレーの完成となった。


「ナイショー」

「ナイス朝比奈」

「あれぐらいはチョロイすよ!」


 朝比奈の好守備もありツーアウトとなったが、ダブルプレーの間に三塁ランナーが還り1失点。初回は計三失点の最悪なスタートとなった。


「打てばいい、ここからここから!」


 主将の片岡が気合いを入れて打席に入る。マウンドには変わらず、望田征士郎が仁王立ち。


「芯太郎~」

「何? 真柄」


 手首をしならせて、キャッチボールの意志を伝える真柄。芯太郎は苦い顔をした。この回一人出れば、七番の芯太郎に回ってくる。なのに守備の準備をすると言う事は、4~6番を信頼していない事になってしまう。


「いいから~」

「まったくもう……うわっ」


 ベンチの小さな階段に引っかかって、芯太郎がズッコケる。周りから大笑いが起こるであろう場面であるが、ベンチ内の視線は芯太郎には向けられていなかった。


「くっそ! またあのツーシームかよ!」


 凡退した片岡が地団太を踏んで帰って来たからである。

 

「駄目だ、どうしてもボールの上を叩いちまう。里見ィ! 分かってるな?」


 里見はヘルメットのツバを掴んで、了解の意を示す。つまりツーシームは捨てていけと言う事である。


「来い!」


 里見のヒッティングマーチ『アフリカン・オブ・シンフォニア』が流れ始める。ジャングルの王者を思わせる、里見らしい荘厳な曲だ。

 里見は外角のストレートに的を絞る。しかし投じられた三球は、狙いを見抜かれたかのように全てインコース。


「くわっ」


 最後はやはり125キロのツーシームに打ち取られ、ツーアウト。


「ほらね。トントン拍子」

「ほらねじゃないよ真柄。主将と里見に失礼だろ」


 真柄は気にせず、黙々と肩を作っている。芯太郎も呆れ顔である。


「そろそろネクスト行くよ、俺」

「芯太郎さぁ、あの投手知ってるんだよね?」

「……うん」


 真柄は距離を詰めながら、キャッチボールのシメに入る。


「今日ロボットよろしく動きが堅いのは、あのピッチャー意識してるせい?」

「……さぁね」

「気になるな~俺」


 芯太郎は珍しく真柄を睨み付けると、力なく口を開いた。


「やっちゃいけない事やったんだよ、俺は……」


 芯太郎がネクストに入ると、6番の岡島がショートゴロに倒れた所だった。

 芯太郎はバットを置いて、また佐那のいるレフトへ走っていく。ベンチから、望月征士郎のキツイ視線を浴びながら。


 そして肩がほぐれてきた真柄が三人で片付けたせいで、その視線は直ぐに打席で浴びる事になったのだった。


                    ******


「プレイ!」


 芯太郎のヒッティングマーチ『アール・クン・バンチェロ』の演奏が始まる……と言っても打率0割の芯太郎である。心なしか吹奏楽部もやる気がない。

 だが、マウンド上の男は、それまで誰にも見せなかった明るい表情を芯太郎に向けてくれた。


「久しぶりだねー、シン」

「……うん」


 吹奏楽部のやる気がないおかげで、二人はお互いの声をギリギリ聞き取れる。


「征士郎がまた野球やってたとは、知らなかったよ」

「そっちこそ、まだ野球やってたんだ?」

「……」


 爽やかな笑顔と声の中に、確かに含まれる怒気が芯太郎に襲い掛かる。


「ぶつけられても、文句はないよね?」

「……本気?」

「冗談だよ。半分は」


 芯太郎はメットのツバで目線を隠した。

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