26回:狭い、狭すぎる
「一回の表、智仁高校の攻撃。一番、センター、高坂……君」
「っしゃあ!」
気合い一閃。高坂が打席に向かう。
「投球練習見る限り、そこそこの球速にまとまったコントロールの投手。俺の得意なタイプやんけ」
吹奏楽部も気合いが入る。謎の掛け声から「ナポレオン三世」の演奏がスタートした。
「静岡最強ォォォ!」
「来い!」
第一球。望田は落ち着いたノーワインドアップからゆっくり足を上げ……。
「おっ」
120キロそこそこのストレートを外角に投げ込んだ。打てた球だったが、第一打席の高坂は投手の情報を引き出す事に専念する男である。追い込まれるまで打ちはしない。そこを読まれて、1ストライク稼がれた。
「ははーん。あんたら、データとらせん気ぃやな?」
「……さぁね」
捕手にカマをかけてみるが、そっけない返事が返って来る。そこから来る感情を高坂は分析する。
――こいつはエースのアクシデントか何かでマウンドに登った青二才や。本当の実力はなるべく後半まで隠したいはず……なら!
第二球、望田の手からリリースされる。
「次も甘い球や!」
狙い通り、外角にハーフスピードのストレート。待ってましたと言わんばかりに、高坂はレフト線目がけて引っ張る。
はずだったが。
「ぬっ」
インパクトの寸前、ボールがシュート気味に変化した。バットの芯から左下に落ちたボールを捉えきれず、打球はサード前に転々。
「くっそ!」
だが高坂はここからが速い。内野安打の可能性を打球から感じた彼は、3フィートライン当たりでMAXスピードに達し、一塁を素早く駆け抜ける。
「どうや!?」
「……アウトー!」
間一髪。サードの肩が、高坂のスピードを上回った。結局、たった二球で仕留められてしまった。
「ちっきしょう、読みが外れたわ!」
「球種は?」
「※ツーシームや。だが打球上げれば芯外しても、レフトまでは飛ぶはずやで」
だが二、三番もツーシームを打たされて、三遊間のゴロ。三者凡退に終わった。
「シンカー気味のツーシームだ。打球が上らん」
「まずは守備だ。しまっていくぞ」
智仁の先発はエース岡島。真柄はライトに入っている。
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捕手の特待生、里見は唖然としていた。エース岡島の投げる140キロのストレートが、悉く捉えられて左中間を割っていく。二連続ツーベースで、早くも一失点。慌ててマウンドに向かうも、岡島の集中力は切れかけていた。
「狙われてますね。ストレートを」
「くっそ、空振りが取れねぇ……。変化球主体に変えるぞ」
「はい。そのつもりです」
打ち合わせを終えた里見は、レフトに眼をやる。今までなら、例え左中間に長打コースのフライを飛ばされても大丈夫だった。芯太郎がほぼ追いつくからである。
――しかし、今日の芯太郎は明らかに動きが鈍い!
守備範囲が並の左翼手レベルに落ちている。今日の芯太郎はどこかおかしかった。里見はいつもなら強気にインコースを攻めるリードをしてきたが、簡単に左中間に打たせると今日は危ないと分析した。
三番への第一球。外角へのカーブを要求したが……。
「まずい、逆球!」
叫んでも意味はない。失投を見逃さず、打球はレフトへ。ホームラン性の大飛球である。
「芯太郎、頼むーッ」
だが今日の芯太郎はやはり『一歩目』が遅い。芯太郎の頭上をあざ笑うかのように打球は越えていく。
三連続ツーベース。二失点を喫した岡島は臆したか、次の四番・五番に連続フォアボールを献上してしまう。
「くっ、まだ1アウトも獲れていないなんて……」
投手にとって、長打を打たれた後のメンタル管理は永遠の課題である。里見は今まで如何に芯太郎に助けられてきたかを理解した。並のレフトなら、智仁の投手陣はもっと早い段階でこうなっていたのだ。
「タイム」
里見が思案していたところで、ベンチから壇ノ浦監督が現れる。里見に向かって親指と人差し指をクルクルと回転させている。
交替のサインである。
正直里見にとって、こんなに早く真柄を出すのは避けたかった。が、事ここに及んではもう真柄しかいない。
「主審。ピッチャーとライトが後退します。岡島さん!」
岡島は唇を噛み締めながらライトへ歩いて行く。途中でボールを渡されると、頭にクエスチョンマークを浮かべながら真柄が走って来た。
「いやいや、早すぎるでしょ~。肩できないよ。俺」
「つべこべ言わず作れ」
真柄はしぶしぶ投球練習を始めた。その間、芯太郎は相手ベンチをずっと気にしていた事には、誰も気づきはしなかった。
※ツーシーム……ストレートに近い球速で、シュート方向に沈む変化球。




