表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
一年秋 ――前進の章――
27/129

25回:許さない。顔も見たくない

「こらハゲ! てめーに客だ、グラウンドに戻れ!」

「……そりゃ、どうも」


 わざとらしく辛辣な言葉遣いをする朝比奈に、不快感を顔で示しながら礼を言う芯太郎。


「で、誰? 名前は?」

「えーと、確か望田もちだとか言ってたな」


 その名前を聞いた瞬間、芯太郎の体が強張るのを朝比奈は見た。


「男? 女?」


 迫真の表情で尋ねる芯太郎。がっついているわけではなく、どちらかと言えば怯えているような表情だった。


「女だ。他校の」

「……」


 のっぴきならない事情を感じ取ったか、いつもは茶化す筈の部員たちが静まっている。


「じゃ、お先に……」


                    ******


 芯太郎が制服に着替えてグラウンドへ戻ると、少女はスカートを風に靡かせて待っていた。


「シン!」

佐那さな、何でここに……」


待ち人に表情を輝かせる『佐那』とは裏腹に、芯太郎の顔は青ざめる。


「びっくりした?」

「何しに来たんだ」

「幼馴染に……いや、彼に会いに来るのは普通でしょ? 例え電車で何時間かかろうが、ね」


 芯太郎は黙ってしまった。


「帰ってくれ」

「何も言わずに静岡に行っちゃうんだもん。心配したよ。バンダナ、似合ってるよ。校則違反じゃないんだ?」

「帰れよ!」


 その言葉を聴いた『佐那』は、帰るどころか芯太郎に一歩近づいた。


「何で目を反らすの」

「何でって、そんな事!」

「ちゃんと見て欲しいな。私の顔……いや」

『私の眼を』


 その単語を聴いて、二倍増しで青ざめる芯太郎。


「く、来るな!」

「あなたは何もやましい事をしていないの。堂々と私の眼を見て」

「右眼は良く見えるでしょう。ほら、前髪を優しくかき分けて、左眼を見てみてよ」


 芯太郎は恐る恐る、『佐那』の右眼を見る。そして、前髪に隠された左眼付近に目線を移す。

 震える手で前髪を分けると、真っ黒な眼帯が露わになった。


「取ってみてよ」

「無理……だよ……」


 『佐那』は深く溜息をつくと、芯太郎の右手を素早く掴み、自分の左眼に押し当てる。


「おい! やめろよ!」

「隻眼になってから、見える世界が半分になった」

「離してくれ!」

「だけどそんな事は首をちょっと回せば、もう半分が見えるのよ。でも……でもねッ!」


 その時、『佐那』は持てる握力を全開放した。40キロに届くか届かないか程度の握力を。

 痛くはない。だがその全力に、極まった感情が込められている事は十分に伝わった。


「片眼で野球はできないのよ!」


 とうとう芯太郎は膝を地についた。『佐那』は残っている右眼から大粒の涙を流している。


「左眼は右打者の生命線。その命を私は失った」

「言うな!」

「あなたに奪われた!」


 佐那は思い切り芯太郎の頬を張った。耳鳴りがするほどに。


「でもいいの。これで芯太郎とずっと一緒にいられる」

「ぐっ……!」

「でないとその呪い、消してあげないよ」


 自分で張った頬を優しく撫でながら、もう片方の手でバンダナを解く。芯太郎は抵抗しない。


「可哀想に。こんなにストレスを……」


 愛でるように頭を摩る。


「三重に帰って来れば、全て終わるわ」

「嫌だ」

「ランナー三塁。今度は、片眼じゃすまないけど、いいの?」


 それだけ告げると、『佐那』はバス停の方へ歩いていった。ホッとした芯太郎だが、遠間から追い打ちをかけられる。


「また会えるよ、シン」

「えっ!?」

「次は球場で、ね」


 その言葉の意味を芯太郎が知るのは、僅か一週間後であった。

 彼女の名は望田佐那。芯太郎の呪いに絡む、高校一年生。


「逃がさないよ、絶対に」


                     ******


 東海地区大会、一回戦。智仁高校の相手は三重一位、敦也学園。

 結局のところ朝比奈の願いかなわず、芯太郎は7番、朝比奈は8番のままであった。


「くそ~この試合だ、芯太郎。 証明してやる、見てろよ!」

「だから俺に言っても仕方ないんだってば」


 朝比奈は気合いを入れて素振りを繰り返している。


「何だ、敦也学園。エースはライト守ってやがるな」

「舐められたもんだな、俺達も」


 主将の片岡が苛立っている。先行は智仁高校である。守備に就いた敦也学園の紹介アナウンスが始まる。


「守ります、敦也学園。ピッチャー、望田……君」

「なっ!?」


 芯太郎が大声をあげ、硬直する。そしてこの試合、とんでもない事になるという確かな予感を抱いた。

 望田征士郎。よく見知った「男」が、マウンドに登っている。 


征士郎せいしろう……どうしてお前が、そこに!?」

「どーした~芯太郎」


 真柄の呑気さがせめてもの救いであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ