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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
一年秋 ――前進の章――
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23回:ノースリーブとサングラス

 人気バンド「ORZ」の曲・『ギガディーン』のブラスバンド演奏が始まる。朝比奈は打席に入ると掌で投手を制し、時間をかけて打席を踏み鳴らす。


「あっす」


 審判に礼をして、プレイ再会。ワンナウト走者なし。見せ場でもなんでもないが、ここで塁に出ればこの回、上位打線に回る事になる。チャンスが始まるとしたら、朝比奈のこの打席からであった。


「力抜けよ~。フニャフニャになるほど~」


 普段から脱力しきっている真柄がネクストバッターズサークルから何か言っているが、今の朝比奈の耳には入らない。

 初球。外角のカーブを見送ってストライク。意外にも初球から変化球を投げて来た相手投手に、面喰ってしまった朝比奈。肩に力が入る。


――だが、この投手。カウントを整えに来る球は基本的にストレート……。


 朝比奈は活躍するために、よく投手の配球を観察していた。これは基本と言えば基本だが、そこまでやれる朝比奈の貪欲さはいい意味で彼の武器である。


 第二球、振りかぶった時点でストレートをイメージし、リリースの瞬間から振り始める。


――来た、外のストレート!


 狙い通りの球種に完璧にタイミングを合わせ、打球をセンター前に運んだ。欲をかいて二球続けてストライクを取りに来た、相手投手が驚いている。8番に打たれるとは思っていなかったらしい。

 打った朝比奈は有頂天であった。スタンドの舞子に向けてガッツポーズしているが、舞子以外の部員がガッツポーズを返してくる。


「いや、お前らじゃなくて」

「何か言ったか?」

「別に」


 一塁コーチャーを務めている成田に独り言を聞かれてしまう。


「ナイバッチ。調子に乗って牽制で刺されるなよ」

「分かってるって」


 真柄が体を解しながら打席に入ると、吹奏楽部が再び演奏を始める。


「うおっ、何だこの壮大な雰囲気の曲は」


 ベンチに控える選手達も初めて聞く曲だったらしく、真柄の打席そっちのけで聞き入っている。


「斎村、知ってるか?」

「何でも、『ノースリーブとサングラス』ってアニメの、劇場版のテーマソングだそうで」


 真柄と仲のいい(?)芯太郎は事情を知っていた。

 『ゆるいタイトルとは裏腹に、複雑な政治模様が見どころだよ~』と言うのが、真柄談。


「何だそのタイトル……で、何でそれを真柄が?」

「あいつがたまにやる、スペロボってゲームに出てくるんだそうです」


 下らない話をしている間に真柄は追い込まれてしまっていた。ツーボールツーストライク。

 ボール球を投げる余裕が残っている分、若干投手有利のカウントだった。が、当の真柄は最大限にこの状況を楽しんでいた。


「さて、カーソルをここに合わせて~と。強振だから小っちゃいよなぁ~」

 

 何やら独り言をつぶやいている。


「君、ブツブツ言っていないで構えなさい」

「プルヒッター、弾道高め、ハイボールヒッター……」

「君!」

「あ、はいー」


 それを一塁から見た朝比奈は失笑する。こんなに試合に入り込んでいない選手は、今までの野球人生の中でも初めてかもしれない。真柄は明らかに異質の選手であった。


 第五球。今までと同じテークバックの高さまで、投手がボールを担ぎ上げる。

 そして腕がしなるのと同時に、真柄は大きく足を上げる。俗に言う一本足打法。


「何だ? あいつ、今までのバッティングフォームと違う……」


 そして投じられたのは、満を持しての内角高め。今迄の四球は外角を徹底的についていた。そこにインハイのストレートを投げ込まれたら、三振不可避のウイニングショット。

 の、はずだったが。


「え」


 朝比奈は小さく口を開いたあと、ベースを回り始めた。真柄が尻餅を着くほどに振り抜いた打球は、レフトポールのギリギリを巻いて、スタンドインしてしまったのだ。

 しかもこれが、真柄の高校初ホームランであった。


「よ、よくやった真柄!」

「まさかお前が打つとは」


 ベンチで先輩一同に揉みくちゃにされる真柄。


「ま~、打順が何番でもバット持てば関係ないすからね~」


 自身が直前に放った中前打を、誰も覚えていない。さらに真柄の言葉が、朝比奈に重くのしかかった。


 結局このツーランが引き金となり、智仁高校は7回コールドで岡林商業を下した。

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