20回:呪いの一端
「さっき見たろ、俺のスイング」
「あのドアスイング?」
「あれが俺の本来のスイングだよ。ランナー三塁になると、この自分のスイングが『出来なくなる』」
「は?」
部屋に戻った芯太郎は、本腰入れて真柄に説明し始めた。真柄は会話の意図を掴み切れていない。この頭の悪そうな男に全てを伝えきるのは難しいかもしれない。そう芯太郎は思ったが、ここまで来たら最後まで話すことにした。
「出来なくなるってどうして」
「筋肉がいう事を聞かない……っていうのかな」
「筋肉?」
人は自分の身体の異常を説明する時、大抵言葉つまる。芯太郎も例外では無かった。適切な言葉を選び、探り探り言葉を紡ぐ。
「なんていうか、大筋は同じなんだ。でもところどころ動きが普段と違う。テークバック、手首の返し、フォロースルーが」
「良くなってるってこと?」
「うん」
意外と会話が成立していた事に気づき、芯太郎はホッとした。
「でも、試合の映像を何回も見比べたら、普通再現出来るんじゃないの?」
「いやそれが、理論上無理な動きなんだよ」
「リロンジョウ?」
真柄に対して難しい言葉を使ってしまった事を反省した後、分かり易い説明を始める。
「筋肉がその動きが出来るレベルに達して無いんだ。自分の命令では再現不可能なスイングなんだよ」
「ん~?」
真柄は一分ほど、自分なりの言葉を探し、口に出した。
「つまり高校生が出来ない筈の、プロ並みのスイング……ってこと?」
「ああー……うん、それでいいや、もう」
「でもそれって筋肉が無いと無理なんじゃない? プロと同等の筋肉がさ」
「たぶんね。でも『出来てしまう』んだ。だから満塁で打席に立った後は、筋肉痛が酷い」
「う~ん……」
真柄は納得しかけていたが、決定的な証拠がない限り信頼は得られない。
「俺、打席に入るのがストレスなんだ」
「打つの好きじゃないもんね」
「それもあるけど……ランナー三塁になると、今までのいろんな事がフラッシュバックして……言えないけど、たくさん辛い事があったんだ、俺」
真柄は眼を瞑っている。
やはりだめか。
そう芯太郎が諦め始めた時、真柄の口から思わぬ単語が飛び出した。
「え~と……イップス、って言うんだっけ?」
「え?」
「特定の状況で思う様に筋肉が動かなくなる現象、だよね~?」
真柄がその現象と意味を知っているのが意外だったので、芯太郎はフリーズしてしまった。
「分かった。俺はお前を理解したよ」
「え?」
「努力してることも分かった。ここに置いてあるバット、芯太郎のだったんだね」
「ここ、使ってたのか」
「偶にシャドーしにね。部屋狭いから」
そう言うと、真柄は屋上のドアノブに手を掛けた。
「今日から芯太郎の事は信用するから。安心してよ」
その時、芯太郎の視界は真っ白になった。真柄のその言葉が、嬉しかった。
誰にも理解されないと恐れ、立ち止まる事。その愚を思い知った一日だった。
「……そうか、あいつも、かぁ」
真柄は部屋から出ると、意味深に独り言ちる。
芯太郎が真柄の、恐ろしくも壮絶な物語を聞くのは、もう少し後の話である。




