18回:鳩の悲劇
ある日の昼休み、芯太郎は舞子に呼び出された。
「何? マネージャー」
「あのね、通……朝比奈君と仲直りしてくれないかなって」
「はぁ……」
もうこれが何人目で、何度目になるのかも分からない。
別に朝比奈と芯太郎は仲違いなどしていない。席替えで遠くなったから、話さなくなっただけである。
ただ、部活中にも喋っていないのは確かだが……。
「どいつもこいつも……」
「え?」
「それを俺に言ってもどうにもならないってば!」
そう、芯太郎は何もしていない。ただスタメンで起用されて、納得のいかない朝比奈達が勝手にキツく当たるようになった。それだけなのだ。
和解の方法があるとしたら、芯太郎が野球部を辞めるしかない。
「でも俺も辞められないんだ! そういう契約なんだよ!」
「契約?」
「ああもう、いいよ! そんなにどうにかしたいなら、自分で何とかしてくれ!」
芯太郎は駆け足で教室へと帰って行く。英語の教科書の訳が終わっていないのに、無駄な時間を使ってしまった。
「おい」
「今度は何? ……なんだ朝比奈か」
急いでいるのに、今度は朝比奈に呼び止められた。
「お前今、舞子と何話してた?」
「本人から聞きなよ。じゃあ」
「待て!」
「何! 急いでるのに」
席が遠くなったためか、芯太郎も以前より言い返す様になった。朝比奈が言いがかりをつけて来れば、容赦なく反論する。
「何話してたか言えよ。気になる」
「何でもないってば」
「言えないようなことか?」
芯太郎は深い溜め息をつきながら、観念して本当の事を話す。
「朝比奈と仲直りして欲しいって言われただけだよ。信じられないだろうけどこれだけさ」
「それなら俺に言えばいい。嘘をつくな」
「ああもう……」
あの馬鹿女のせいでややこしい事になってしまった、と芯太郎は心底思う。芯太郎は「そういう事」は案外分かる。朝比奈が舞子に好意を持っている事ぐらいは。
「もういいでしょ、まだ英文訳してないんだ」
「待てコラ!」
「離してくれ! 俺は一般入学なんだから、大目に見て貰えないんだよ」
腕を掴まれ、振りほどこうと全身を躍動させた結果、朝比奈はバランスを崩した。
「うおっ!?」
「あっ」
踊場で揉めていた事が災いした。朝比奈は階段を転げ落ちてしまった。側にいた生徒が駆け寄って来る。
「大丈夫? 朝比奈君」
「うわ、血出てるよ血」
芯太郎も朝比奈に駆け寄る。
「不味いよ斎村君。保健室へ運ぼう」
「分かってる。手伝ってくれる? あと、25組に行って片倉さんを呼んで来て欲しい」
保健室で止血作業をしてもらうためである。芯太郎の行動が功を奏し、頭を打った朝比奈も大事には至らずに済んだ。
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「酷いよ斎村君!どうして突き落としたりなんか!」
「不可抗力なんだってば」
「仲直りするどころか、怪我させて野球を辞めさせようとしたんじゃないの!?」
「はぁ……」
舞子が耳元でがなり続ける。芯太郎は黙って聞き流すことにした。
舞子が出て行った後、ベッドで横になっている朝比奈に話しかける芯太郎。
「ほらね。そんな事ないって」
返事は無い。
「心配しなくても、マネージャーは君しか見てないよ。俺は禿だし、真柄は宇宙人だ」
返事は無い。左右に体が揺れた気がした。
「俺は呪われているんだ。『そういう事』は絶対、起きないよ」
芯太郎は意味深な事を喋りながら保健室を後にする。
「……」
誰の気配も無くなった事を確認した朝比奈は、ムクリと起き上がり、ベッドの枕を思い切りカーテンに投げつけた。
「何やってんだ、俺」
明らかに野球に集中できていない。既に試合で活躍している真柄や芯太郎が、舞子の眼にどう映っているのか、そればかり気になってしまって……。
ついに芯太郎にまで迷惑をかけてしまった。
「……するか、告白」
30分遅れで授業に合流した芯太郎は、駆けつけ一番で英文訳を当てられた。やっつけで苦戦を強いられた芯太郎は、半べそをかきながら訳す。
「えーと、そのボールが放たれた瞬間、グラウンドに美しい白い羽が舞い散った……?」




