17回:何でダメなの
「何で浮かない顔してんの?」
「してねーよ」
「してる」
「してねー」
練習後、舞子との帰り路。どうやら感情が顔に出てしまっていたことに気づいた朝比奈は、道脇に顔を背ける。
「せっかくレギュラーになれそうなのに、どこに不満があるの?」
「ねーよ、どこにも」
夏の大会は結局、準決勝で敗退となった。
畑山達三年生は引退し、新キャプテン片岡の元、新チームによる体制がスタートした。
朝比奈達特待生組も、練習試合でスタメンに名を連ねる事が多くなった。硬球にも完全に慣れ、守備でもバッティングでも飛躍を見せている。
気になるのは、成田(推薦入学のアイツ)の事である。
左翼手が本来のポジションだが、ここに来て右翼に挑戦すると言い出したのだ。朝比奈は成田に問いただしたが、理由はシンプルな物だった。
『何でだよ』
『レフトにはあいつがいる。レギュラーは無理だ』
そう。芯太郎がいる限り、レフトのポジションは聖域。監督が代わらない限り、レギュラーの奪取は事実上不可能であった。
朝比奈としては、ショートである自分の真後ろは、信頼している成田に守って欲しかった。三遊間を抜かれた時、レフトに芯太郎の姿を確認すると、どうしても湧き上がる負の感情を抑えきれない。すべき事を忘れてしまうのだ。
「……いい加減、大人にならないとな」
「え、何?」
「何でもねーよ」
感情をグラウンドに持ち込むのはご法度だ。いつ、いかなる時でも冷静にプレーする。緻密なプレーの求められる内野手、特にショートでは当たり前のことである。
監督が芯太郎を重用するのは、いわゆる『守備の人』として必要な戦力だからだ。自分には関係の無い事。自分にできるのは、常にベストなプレーを心掛ける。そのために心を無にして練習することだ。
それに自分には舞子がいる。舞子に格好良いところを見せるためには、いつまでも気にしていられない。
「うっし!」
「あ、待ってよー」
帰ったら素振りを300本することを心に決め、朝比奈は自宅へと自転車を飛ばした。
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だが、監督に重用されている一年生は、時として部員から多大なる嫉妬を買う。
高校生と言ってもまだまだ精神的に未成熟。私刑であったり、小学生に様な嫌がらせで引き摺り下ろそうとする輩も多い。
夜の学生寮。芯太郎は、ニヤつきながら睨み付ける真柄と対峙していた。
「オラァ~!」
真柄が強キックを芯太郎に放つ。
「うわっ」
「ホラホラ芯太郎くーん、そんなものかね君は? あんな打率で試合出続けてる癖に~」
頭をぶん殴られる。あまりのダメージから、頭の上にヒヨコが飛んでいる。
「か、関係ないだろ、今は!」
「口惜しかったらもっとやり返してみろよ~、秘蔵子くーん?」
強烈なアッパーが決まる。あっという間に芯太郎は失神KOされてしまった。
「っしゃー!俺の勝ち~!」
「……」
「お、敗者よ。何か文句でも?」
芯太郎は仰向けに倒れながら文句を垂れる。
「あのさぁ……何で練習終わったら俺の部屋でゲームする決まりになってんの?」
「いーのいーの」
最近真柄は格闘ゲームにはまっている。それに芯太郎が付き合わされる形になってしまっているのだ。
それでも芯太郎にとっては、真柄が唯一友好的な寮生であるため、無碍には出来ないのである。
「里見はこういうのやらないし、高坂はすぐ寝ちゃうんだよねー。消去法で芯太郎しかいないんだ、これが~」
その言葉に、芯太郎は若干、機嫌を悪くした様だった。
「そんな顔するなって~。こうして俺のお小遣いで買ったゲームをタダでやらせてあげてるんだよ~?」
「まぁ、そりゃどーも」
「こういう風にさ、みんなとも仲良くなっていけばいーのに。芯太郎は引っ込みすぎだよ~」
その言葉に芯太郎の神経は反応する。コーチや新主将からも散々、言われている事なのだ。
「もういいよそれは」
「何で~?」
「みんなは監督の起用法が気に入らないだけ。俺にはどうしようもない」
「まー確かにねー」
話を途切れさせた芯太郎は、真柄が自分の部屋に帰る事を期待した。ゲームに飽きているのもあるが、これ以上、この話題を続けたくはない。
「じゃあさ~」
しかしこの男はここからが長い。
「ランナー三塁で打てる秘密。いい加減教えてよー」
「だから無理だって」
「ケチー。何でダメなのさー」
漫画の様に唇を尖がらせて、真柄がぶーたれる。
「ダメなんじゃなくて無理なの」
「何で?」
「何でって……」
芯太郎は言葉に窮し、黙り込んでしまった。その様子を見て、真柄もそれ以上の説明が出来ない事を察したらしく、締めの言葉を選ぶ。
「まぁ、教えてくれなくてもいいけどさ。毎回あのバッティングして欲しいな、投手としては。援護点もっとおくれよ~」
「努力するよ」
「うん。じゃあね」
ドアノブに手をかけた真柄に、芯太郎は一つだけ……らしくない一球を投じた。
「真柄」
「何?」
「俺の事をどう思う?」
「さぁね~? とりあえず守備でポカはしない、どころか助けて貰ってるから。悪くは思わないかな~」
「そっか」
「おやすみ~」
ドアを閉めて、廊下を歩きながら、芯太郎に聴こえない様に呟く。
「まぁ、信頼もしてないけどね」




