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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
一年夏 ――小笠原の章――
18/129

16回:あの人に似てる

「敬遠かよ……」


 満塁策をとって来た。しかし相手投手の疲労もそろそろ限界のはず。下位に向かう打順だが、十分に逆転は可能である。

 はずだった。


「ピッチャー、田中君に変わりまして、斎藤……君」


 投手をスイッチして来たのだ。しかも智仁打線の苦手な荒れ球タイプ。ストレートに力があることがスタンドからでも分かるパワーピッチャーだ。

 案の定五番、六番はフルカウントまで粘ってからの連続三振。フォアボールが出れば押し出しだと言うのに、構わず剛速球を投げ込む相手投手のメンタルに、打線は圧されてしまった。


 スタンドにいる一年生達は、流石に交代だろうと考えていた。


「次、斎村だね」

「代打だ。二年の片岡さんもいるし」

「そうだ。ここは片岡さんで」


 しかし。


「七番、レフト、斎村……君」


 芯太郎の名前はコールされた。スタンドから漏れる溜め息。憐れみと怒りの混ざった視線を浴びながら、芯太郎はネクストバッターズサークルから出て、そのまま打席に向かう。


「有り得ない!敗退行為だ!」

「何がしたいんだ、あの監督は」

「この学校の甲子園へ向ける覚悟って、この程度のもんなのかよ」


 罵声が続出する中、ベンチ中の朝比奈は考え込む表情を見せる。


「どうした、朝比奈」

「ここで打ったら、間違いないな」

「クラッチヒッターか? 正直、オカルトの領域だと思うがな」


 芯太郎はこの夏、ランナーなしが五度、ランナー一塁が三度、ランナー二塁が一度。

 真価が発揮すると推測される「ランナー三塁」の状況下で回って来るのは、今大会初めてなのである。


「投手から見たら安牌以外の何物でもない。ポンポンストライクとって来るやろな」


 高坂はすっかり観客気分である。そうこうしている内に、投手は二球を既に投じていた。いずれも荒れ球で、ノーストライクツーボール……現在はBSO表記なので2―0のバッター有利のカウントだ。


「あの投手、カウント悪くしよったな」

「こうなったら何としても選んでもらうしかない」

「ああ、絶対振るなよ、芯太郎」


 しかし、次の投球を投じた瞬間であった。

 斎藤投手の投げた138キロのストレートが、インサイドに投げ込まれる。それに呼応して、芯太郎もスイングを始めてしまった。

 その初動を見た瞬間、スタンドの一年は『当たるな!』と念じたことであろう。バットに当たらなければ、四球の可能性があるのだ。

 しかしその願いに反して、金属音は鳴り響く。


「ああっ!? 打ったら駄目だろ……え!?」


 打球は、左中間を真っ二つに割った。


「え?」


 浅めに守っていた外野も完全に虚を突かれ、懸命に打球を追いかける。ツーアウトなので打球と共にスタートしていた一塁ランナーも一気に三塁を蹴り、ホームへ帰って来た。逆転である。


「お、おい!演奏、演奏」

「あ、はい!」


 応援団も采配への怒りから、プロ野球で使う『凡退のテーマ』の用意をしていたところだった。急遽『宮島さん』の演奏に切り替える。


「何だと! ま、また得点圏で打ちやがった!」

「何故だ? 今、いつも通りのドアスイングだったじゃないか。 あれでインコースが打てるわけがない」

「いや、違う」


 違いに気づいたのは高坂である。


「ドアスイングに見えるが、ドアスイングやなかったで、今のは」

「意味が分からんぞ」

「いや、なんて言うか……子笠原やねん」

「子笠原って、あの子笠原?」

「そう、あんな感じだったよ今の」


 元鳥山ドラゴンズの子笠原選手のスイングは、テレビで見ていると遠回りのドアスイングにしか見えない。しかし実際は肩から腰に掛けて一直線にスイングしているのだ。


 結局、試合は芯太郎の一打が決勝点となり、智仁高校が勝利した。


                ******


 試合後、朝比奈達は検証のため同じ一年の伊集院を探した。


「おーい、伊集院」

「何?」

「子笠原のマネやって」

「えぇ?」


 物真似の帝王・伊集院によって再現された北の侍のスイングは、力強い振りの中で確かに腕が折りたたまれていた。


「これを芯太郎が?」

「たぶん」

「じゃあ何で今まで……」

「それは俺にも分からん」


 朝比奈は真柄と談笑する芯太郎に目をやった。


 その顔は逆転タイムリーを打った殊勲者にしては、何処となく浮かない顔に見えた。

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