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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
一年夏 ――小笠原の章――
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15回:ノーシードの夏

 六月。夏の全国高校野球選手権の開幕が迫っていた。智仁高校の登録メンバーは、春季大会に加えて里見・高坂・朝比奈の特待生三人組がベンチに入った。夏の大会はベンチ入り人数の枠が拡大されるためである。

 静岡県大会は約百校で争われる。ノーシードの智仁高校は、五回勝ち抜かなければ甲子園には行くことはできない。


「やっぱり、ノーシードは苦しいな……」


 くじ引きを終えて帰って来た畑山主将がトーナメント表を部室に貼ると、部員全員の表情が曇った。

準決勝で第一シードの強豪私立、高津学園に当たる組み合わせである。その他にも古豪や新勢力が大勢いる中で、五回も勝たなければならないのだ。


「あと一週間。やれるだけの事はやるぞ!」

「オイシッ!」


 いつもの様にシートノック。いつもの様にフリーバッティング。当たり前の事を、当たり前にできる。高校野球における強さはそこである。精度を上げるには、練習するしかない。

 だが、開幕が迫るにつれ、選手達を不安の影が包み込んで行く。それもそのはず、自分達を上回る練習量を、強豪私立の選手達はこなしているのだ。


 練習量で敵わないという事は、相手の方が遥かに自信があるという事。これだけやったという、自負があるという事。そんな敵を相手取り、五回。五回は、あまりに多く、過酷すぎる道であった。


 迎えた初戦。流石に去年ベスト8まで進んだ高校の意地である。同じ私立校との対戦をコールドで制した。

 二回戦、私立校との対戦ながら、6―0で危なげなく勝利。

 しかし次の準々決勝で、事件は起こった。


                    ******


 相手は強豪ながら県立の岡部市立。一、二回戦と連投したエース岡島を休ませるため、この試合では真柄が先発する事になった。序盤の五イニングスを投げ切り、無事リリーフの背番号十一・芝草にスイッチさせることが目標である。


「ボール!フォアボール!」


 しかし、変化球の精度が極端に悪い。ストライクが入らない上に変化量も通常の半分程度まで落ちていた。一回にいきなり一死満塁になった時点で畑山がタイムを取り、マウンドへ向かう。


「どうした?全くボールが来てないぞ」


 ブルペンでは、調子は悪くないと思ったはずであった。公式戦のなせるプレッシャーか、汗の量が尋常では無い。


「あー……すんません」

「ストライクが取れるストレート主体に組立を変える。とにかく四回は投げ切ってもらうからな」

「はーい」


 返事に覇気がないのはいつものことだが、ボールにまで覇気が無い。結局四回を投げ切ったものの六失点という結果に終わる。

 智仁打線も四点を返すも、そのまま終盤に突入する。徐々に上級生に焦りの表情が見られるようになった。


「気にするなよ真柄。とにかく応援だ」

「は~い……」

 いつも茶らけている真柄も落ち込む様で、なんとかベンチがフォローして応援させている状況だった。

 七番レフトで先発出場している芯太郎は、今日なんと3三振。一度もバットにボールが当たっていない。


「真柄もそうだが、やっぱあいつ足引っ張ってるじゃねーか」


 ベンチで声を出す朝比奈も、やはり芯太郎の打撃が気になっていた。守備は無難にこなしているが、打撃で貢献した事は春季大会以降、一度も無い。今大会は九打数一安打。それもラッキーな内野安打だけという体たらくであった。


 にも関わらず何故か七番に抜擢されている。七番という打順は下位のトップバッターであり、接戦になればなるほど重要になってくる打線のキーポジションである。そこに芯太郎という、この上無く不器用な安全牌を配置した。


 スタンド、そしてベンチの誰もが、納得がいかなかった。


「次回ったら、流石に交代だな」

「当たり前や。二打席でも見切りをつけるに十分だった。流石に四打席は有り得へん」


 里見と高坂も呆れ果てている。三打席連続三球三振。九スイングで一度もバットに当たらない七番打者など、中々お目にかかれない。


「ボール!フォアボール!」

「っしゃ!先頭が出た!」


 二番から始まった好打順。二、三番が連続フォアボールで無死一、二塁のチャンスが生まれた。相手投手も疲弊している様子だ。


「四番、キャッチャー、畑山……君」

「おい、『スナイパー』行くぞ!」

「おっしゃ!」


 畑山の応援は『狙撃スナイパー』。俄然応援団も勢いづいてきた。しかし、相手捕手が立ち上がる様子を見て、トランペットを吹く力が徐々に弱まっていく。

 朝比奈達はその光景に落胆した。


「敬遠……!?」


 畑山の敬遠で、無死満塁。ちなみにくどいようだが、今日の芯太郎は、七番に入っている。


「まさか、な」


 朝比奈はあるシチュエーションを、想像せずにはいられなかった。


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