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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
一年夏 ――小笠原の章――
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14回:神回避

 二死ツーアウト、ランナー1,3塁。九回裏、一点ビハインドの場面。打席の中の芯太郎は震えていた。


「終わったな、この試合……」


 特待生達だけでなく、スタンドにいる部員、そのほぼ全員が試合を諦めた。だが朝比奈だけは、芯太郎からある違和感を感じ取っていた。


「何か違う……」

「何かって何が?」


 朝比奈は小刻みに震えている、バンダナの少年を指さす。


「芯太郎、酷く怯えている」

「最後の打者になろうとしとるんや。誰だって怯えるわ」


――凡退を恐れてるのか? いや、あれは何か、違う……。


 芯太郎は、何故か三塁ランナー……主将の畑山の方を見てガタガタ震えている。自分の打席に、夏のシード権がかかっている。ここで凡退したら、最後の夏となる畑山に申し訳が立たないという事なのか?


「違う。もっとこう、何と言うか……」

「何やねん朝比奈、さっきからボソボソと」

「何ていうか……病んでる気がするんだ、芯太郎」


 芯太郎は心の準備ができていないらしいが投手は当然、待ってはくれない。何しろ相手は.083の安全牌。さっさと打ち取っておうちに帰ろう。シチューを食べよう。そんな心積もりに違いなかった。


「病んでるって? そりゃ一体どういう」


 里見が朝比奈に真意を問いかけようとしたその時。





「……ケロォッ!!!」


 耳をつんざく様な大声が、球場に響いた。委細構わず投じられる第一球。それに対する芯太郎のドアスイング……。


 朝比奈の動体視力は捉えた。芯太郎のスイング、その詳細をコマ送りの様に。


 バットを一塁側に寝かせて構えて。

 投手のモーションに合わせて筋肉を始動させ。

 腕をほんの僅かに後ろに引いて溜めを作り。

 

 ……腰の回転に力を載せて、鋭く振り下ろす。


「打った!」


 快音と同時に、ランナー・畑山は素早く地面に伏せた。その頭上、わずか数センチを硬球が通過する。


「うわっ!?」


 銃声の様な音が響く。サードのグラブを弾いた打球はレフト前、それもライン際へフラフラと舞い上がった。


「落ちろ!」

「捕られるなよ、落ちれば同点。いや……」


 一塁ランナーの和田は既に二塁を蹴っている。落ちればサヨナラのホームを踏める位置だ。

 そうはさせまいと、左翼手レフトが猛然と落下点にダッシュしてくる。


「アカン、滞空時間が長すぎる!」


 ライン際にも関わらず、レフトがギリギリ追いつけるほど打球は上がっていた。だがその代わり、和田は三塁手前まで来ている。

 捕られれば敗北、落とせば逆転サヨナラ勝ち。ギリギリの緊張が走る中、左翼手が頭から飛び込む。


「うぉぉぉおお!!」


 砂埃が舞う。視界が悪くなった三塁塁審が駆け寄り、左翼手のグラブの中を確認する。

 判定は……。


「あ、アウトォ! ゲームセット!」


 スタンドから溜め息が漏れた。これで智仁高校はシード権を得られず、夏の大会を一回戦から勝つ必要ができてしまったのだ。

 だが、特待生組はそんな事は眼中になかった。


「見たか、今の……」

「見た。サードのグラブを弾いた打球が、あんな高く上がるなんて……見た事がない」


 『内野手のグラブ』を弾いた打球が、『外野手が追いつける』ほどの高さまで上昇した。普通ではありえない現象である。すなわち打球の最高到達点が、芯太郎の打球の強さをそのまま示していた。


「あいつ、マジで打ちやがった。ランナー三塁で!」

「運が悪かっただけで……文句のつけようが無い打球やった……」


 そんな中、全く別の疑問を抱いた舞子が、朝比奈の袖を引っ張る。


「ねぇ通ちゃん。さっき『ケロッ』って音、しなかった」

「避けろ」

「え?」


 朝比奈は切る勢いで唇を噛みながら復唱した。


「避けろって言ったんだよ……芯太郎が、畑山主将に」

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