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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
一年夏 ――小笠原の章――
15/129

13回:零割の最終打者

 一塁にランナーをおいて、続く智仁高校の攻撃。6番、今日はライトに入っているエース岡島が送りバントを決める。


「得点圏に来た。芯太郎がクラッチヒッターなら、回って来れば打つはず」

「さっきから朝比奈が言うとる、スクラッチヒッターってなんやっけ?」

「宝くじの話?」


 朝比奈は連呼していた用語が、意外と知られていない事を知った。


「クラッチヒッターってのは、チャンスに強い打者の事だよ」

「へー、物知りやなぁマネージャー」


 代わりに舞子が答えて見せた。どうだ!と言わんばかりのドヤ顔を、朝比奈は最高に可愛いと思った。

 

「でも、芯太郎はランナーを得点圏においた場面だったら……何回か打席に立ってたぞ?」

「え?」


 里見が会話に水を差した。

 記憶力が命であるのが捕手だ。その捕手である里見が言うのだから、間違いない。


「なら、やっぱそのシニアの試合はマグレやったんか?」

「マグレで10打点も稼ぐか?」

「う~ん……」


 疑問に思うのも無理はなかった。本当に芯太郎にそれほどの実力があれば、日本は狭い。とっくにその名は轟いていたはずである。


「あ、和田先輩が出た!」


 唯一試合を見ていた成田の一声で全員がグラウンドを見る。7番の二年・セカンドの和田がピッチャー強襲の内野安打を放っていた。


「おい、一・三塁になったぞ」

「これって、例の試合にもあった状況やんか!」


 朝比奈は顎に手を当てて考える。自分の記憶が正しければ、今まで芯太郎に回ってきたチャンスは……。


「三塁……」

「へ?」

「そうだよ、あいつ三塁ランナーがいる時だけ打つんじゃないか!?」


 流石にそれはない、という顔を皆がしているので、朝比奈はムキになって武装できる理論を探す。


「だって、そのコラムに書いてある状況は全部、サードランナーがいるじゃないか」

「そうだけど、何で三塁にランナーがいないとダメなんだ?」

「そ、そんな事……俺が知るかよ!」


 武装したはいいものの、装甲は紙だったらしい。拗ねてしまった朝比奈を、舞子が優しく撫でている。


「九番、レフト、斎村……君」

「えっ!?」


 いつの間にか、芯太郎に打席が回って来ていた。五番からだったので、確かにランナーが二人出れば回るのだが……それでも、芯太郎が打席に立つのは有り得なかった。


「だ、代打出さないのかよ!?」

「0割打者やぞ!? 監督は考えとんのや!」

 

 里見と高坂が絶叫するのも無理は無かった。九回裏二死。しかも一点差での最後のバッターである。.083という打率に勝敗を託すなど、自殺行為以外の何物でもない。試合を捨てたのと同じである。


「知ってるんだ……監督はやはり」

「朝比奈、お前まだそんな事を」

「見ろ、芯太郎の顔。いつにもまして蒼白やないか」


 朝比奈は芯太郎に目をやる。今大会、打席の時はいつも虚ろな顔をしている彼だが、今は軽く倍(当社比)くらいの驚きの白さ。ヘルメットからチラリとのぞくバンダナも相まって、より蒼白く見えた。


「あんなんじゃ、打てるわけないで」

「見ろ、素振りもいつもより更にぎこちない。やはり芯太郎は芯太郎だ」


 ブツブツと、何やら呟きながら打席に入る芯太郎。観戦している誰もに心配される有様だった。

 だが朝比奈は、その向こう側……ベンチに座る壇ノ浦監督が一瞬、口角を釣り上げるのを見逃さなかった。


――何が起こるんだ。この打席……!


 投球モーションに合わせて、芯太郎は神主打法を作動させた。

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