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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
128/129

126回:Records And Memories

 集中力を極限に高めても。フォークの軌道を読んでいても。それでも、素の芯太郎と征士郎の間には実力差があった。バットの通り道よりも僅かに、低めにボールが落ちる。

 

 ジャストミートは叶わなかった。だが征士郎の手前でワンバウンドしたその打球は、彼の頭上に跳ね上がる。一瞬で征士郎は悟った。このボールが抜ければ、勝敗は決してしまう。


「抜かせるか!」


 9回以上を投げ抜いている投手なのだから、もう足のバネはさび付いている。それでも懸命に土を蹴り、懸命にグラブを掲げる。届けと願いながら、届くと信じながら。


 だが僅か数センチ、グラブの上を打球が越えていく。


「剣聖、頼む!」


 遊撃手、上泉がセカンドべース目がけて転がる打球を、必死に追う。延長を戦って来たその体、征士郎ほどではないにしろ疲労は否めない。

 それでも俊足、なおも飛ばす。ランナー二塁の状況、外野にさえ抜けなければ、サヨナラはないのだから。


 最高の仕事をして見せる。球際を見極め、決死のダイブを見せる上泉。


 しかし。


「抜けたーーーーッ」


 高坂の俊足+ツーアウトでの一斉スタート。サヨナラは確実かと思われた。


「まだだ!」

「うおっ、あのセンター! かなり前に守ってた!」


 しかし敦也学園を決勝までの仕上げたのは、攻撃力と共にディフェンス力。センター沖田が、芯太郎に合わせて取った前進守備から、猛然と突っ込んで来る。


「刺せ、沖田ァーー!」

「高坂ー!」


 セーフならサヨナラ。しかし仮にアウトなら、後の回を竹中が投げなければならない。剣豪打線を抑えられる投手は、真柄以外には存在しない。


 勝ちたいなら、走るしかない。勝負は五分と五分。バックホームか、俊足か!


 一回転しそうなほどに加速をつけた矢の様な返球が、ストライクコースに飛んでくる。愛洲は指示を迷わない。


「ノーカットだ!」

「高坂、右だーっ」

 

 外野手とランナーの勝負は、捕手とランナーのクロスプレーに発展。

 追いタッチの様に見えた。だが角度によっては愛洲の手が早い様にも見える。


 ホームカバーの征士郎、そしてセカンドベース手前の芯太郎が見守る。

 勝敗は問わない。その結果が出る事で、きっと二人はしがらみから抜け出せる。そんな気がしていた。


「……セーフ、セーフ、ゲームセットーッ!」


 延長11回。スコア6対5。静岡代表、智仁高校。夏の甲子園を制す。

 寝そべったままの高坂に全員が群がった後、芯太郎に向けて全員がダッシュしてくる。


「やってくれたぜ、大戦犯から殊勲の一打!」

「俺達にとっての悪魔じゃなくて良かったー!」


 ベンチではもう動けないMVP、真柄忍が親指を掲げている。


 芯太郎は今、征士郎と話したかったが、チームメイトが壁となり辿り着けなかった。

 だが、後になって彼は思う。立場としては勝者と敗者。話す事等、何もないのだ。


 十年後、二十年後に、また会った時。改めて今日の話をしよう。

 そのために芯太郎は、佐那の眼の清算をしなければならないと思った。


              ******


 整列も礼も、応援団への挨拶も終わり、授与式。


 重症の真柄は病院に直行したため、残念ながら参加できず。里見と高坂は涙を流し、芯太郎は今頃膝の震えが来ていた。


 朝比奈は真紅の優勝旗を受け取りに行く際、手と足が一緒になっている事にも気づかず、全国に笑いを提供した。だが、いつもの様に怒りはしない。一緒になって笑っていた。あまりに眩い、栄光の大恥だ。


 その重く赤い旗を受け取っても、まだ全国を制した実感はなかった。

 両軍合わせて45奪三振。二人の投手が、試合のほとんどを支配したせいだろうか。

 見た者の目を釘付けにする、両投手の総力戦。記録の25奪三振は成らなかったが、2投手同時の20奪三振という偉業を成し遂げた。


 朝比奈の敬遠記録だってしっかりと残っている。球児達の戦いは記録に、そして記憶に刻まれた。


「さてと、これから忙しくなるな」


 相手ベンチで片付けをする佐那と眼があった。試合は3時間近く同じ場所にいたのに、今日初めて眼を合わせた。


「そうだね。まずは眼を合わせるところから……始めよう、佐那」


 二人が頷き合って、熱い夏が……野球の季節が終わりを告げた。

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