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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
126/129

124回:GodZilla

「真柄、大丈夫か!?」

「あ~あ、こりゃ25奪三振はキツイかぁ……」


 150キロのマグナスストレートを投げた瞬間、遂に腕に限界が来てしまった。もう真柄は投げられない。


「真柄、お前からだが代打を出すぞ。いいな」

「すんません監督……俺が最後まで行くつもりだったのに」


 代打・竹中が打席に向かう。勿論、打ち終わったらそのままマウンドに上がる心づもりだ。


「真柄よ。俺は捕手失格かな」

「う~ん、俺としちゃここまで投げさせてくれたんだ。文句なしだよ」

「ありがとう」

「でも世間がな~」


 ふふっ、と真柄がタオルの下で微笑む。きっと表情は歪んでいるだろう。痛みを噛み締めているのだから。

 涙腺が緩む里見達にしてやれる事は、一つしかない。


「お前に完投勝利をプレゼントしてやる」

「できるならやって。でもできなくても気にしないでね」

「祝勝会に出られなくてもいじけるなよ!」


 真柄が愛洲を打ち取って、智仁がチャンスを作って、そのチャンスが望田征士郎に潰される。今日何度、このパターンを踏んで来ただろう。

 もういい加減、終わりにしよう。智仁高校の士気は最高潮に達した。今こそ、男が試される時。

 

「この真柄忍という稀代の投手を犬死にさせるようなら、明日からチ○コ取るべきだ」

「おう!」

「望田がなんだ、愛洲がなんだ! こっちには韋駄天にエロ主将に、左中間の悪魔がいるぜ!」

「おう!」


 あと一点を取るためには、全員のメンタルを集中の極み……所謂フロー(ゾーンとも言う)に載せてやる必要がある。その為には声を出すのが手っ取り早い。


「おい誰がエロ主将だ、誰が」

「行くぞ智仁高校。俺達が頂点だ!」


 しかし征士郎の壁は厚い。竹中は敢え無く三振。これで22個目、両軍合わせて45個目の奪三振となった。


「1番センター、高坂君」


 高坂は心地良いプレッシャーの中にいた。静岡最強のリードオフマンとして、ここで最高のパフォーマンスを見せるイメージが、既に出来ている。

 彼の武器は足。それは、この試合で存分に敦也バッテリーに見せつけている。


――『それなり』の配球が来るやろな。そこが……狙い目や!


 足を活かさせない……それは即ち、ゴロを打たせないという事。マグナスエフェクトを十分に載せた、高めのストレート!


「これや!」


 高坂は一二塁間目がけて絶妙のプッシュバントを放つ。当然、バントは警戒されていたが高めに強い球が来た分、カウンターの形で打球も強い。一塁手が出て来ざるを得ない場所へボールは転がっていく。

 ファーストを誘き出せたなら、後はカバーに入る投手との走力勝負。大麻など、今まで何人もの投手とこの勝負を繰り広げて来た高坂。韋駄天の健脚が唸る。


 そして征士郎よりも早く一塁へ到達。悠々と内野安打を勝ち取った。


「どや里見!」

「それぐらい当然だろ、威張るな!」


 そして二番里見は、またも送りバントの構え。本当なら思い切りぶちかましてやりたい所だが、併殺が恐かった。ここで併殺なら、その瞬間に真柄の完投勝利は消えるのだから。

 高坂も、望田―愛洲バッテリーの阻止率を考えたら盗塁というギャンブルは自嘲せざるを得ない。


――とはいえ、送りバントも簡単にやらせてくれるとは思えないが……。


「あれ?」


 予想外に簡単に決まった。甘いコース、三塁手の甘いチャージ。どうやらバントをさせて確実に1アウトを取りたかった、という所だろうか。

 否、と里見は思った。望田征士郎は、斎村芯太郎を打ち取りたいのだ。確実に打ち取れるバッターで、確実にチャンスを潰す。それをこの試合の必勝パターンとして、敦也学園は実践しているのだろう。


 だがその前に、この男の打席がやって来る。


「3番、遊撃手ショート、朝比奈……君」


 勝負するか否か。注目はそこにしかなかった。舞子がベンチで祈る。愛しい主将に、最後のスイングをさせてあげて欲しい。

 朝比奈も心の中で祈った。自分のスイングで、全てに幕を引きたい。幼いころから始まり、今に至るまで毎日。イメージトレーニングでは甲子園決勝、サヨナラホームランを思い描いてきた。

 そのイメージに、今なら手が届くのだ。


 だが所詮イメージとは、現実とはかけ離れる運命にあるのかもしれない。グリップを握る力を弱めた朝比奈は自嘲気味に笑った。

 

「朝比奈君、恨まないでくれ。確実性を考えたんだ。僕らには、君の方が恐いという事さ」

「いや、別に責めているわけじゃない。『あの人』はこの状況でどんな気持ちだったのかな、って思ってね」

「……どうだろうね。もし会う事があったら是非、聴いてみておくれよ」


 フォアボールを告げられる。ベンチの舞子は顔を手で覆っている。よっぽど、打ってほしかったのだ。


 だが、球場にいる野球玄人は気づいていた。朝比奈の達成した大記録に。


「え、記録じゃね?」

「記録って何が……ああ!?」

「ご、五打席連続敬遠……タイ記録じゃねーか!」

「空前絶後と言われたアンタッチャブルレコード……この眼で見られるなんて!」


 勿論、朝比奈は知っていた。それ故に、口惜しさも和らいでくれている。一塁へ歩く前に、朝比奈は芯太郎に歩み寄った。


「俺の最後の打席が終わった」

「……うん」

「お前のせいで、最後までバットを振れなかったよ」

「ごめん」


 朝比奈は真顔で、芯太郎の肩に手を乗せる。ありったけの握力を込めて筋肉を掴む。


「正直、俺はお前が嫌いだった」

「知ってるよ」

「けど、お前は呪いにもがき苦しんで、髪も抜けてバンダナ巻いて、それでも野球を続けて来た。その理由には共感できるよ」

「理由?」

「例えこの打席で打てなくったって」


 朝比奈は手を放して、握り拳を突き出す。


「大好きな野球は、続けろよ」

「……」


 芯太郎はグータッチを終えると、ゆっくりと打席に向かう。

 恐らく竹中では、剣豪打線は抑えきれない。ここで点を取れなければ、事実上智仁の敗北が決まる。


「4番、レフト、斎村……君」


 青空と同じ色のバンダナを引き締め直して、グリップエンドに小指をかける。

 望田征士郎と斎村芯太郎。天照大御神に見守られながら育った、二人の野球少年が向き合う。最後の対決が始まった。


「……打つよ、あいつは」


 ベンチでタオルを被っているエースは、しきりに同じ言葉を繰り返していた。

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