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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
124/129

122回: Hard Boiled(Egg)

 真柄が義輝を三振にとった時点から、観客が勝敗と別のところを見始めた。


「今真柄が20奪三振で、望田が19奪三振……」

「おい、これってもしかして……ゆでたまご?」

「ゆでたまごかもな」

「いやいや流石にゆでたまごは……ないだろ?」


 征士郎がマウンドに登り、投球練習を始める。その投球には、まだ三振を取る力が残っている様に見える。


「出来上がるかもな……ゆでたまごが!」


 観客は記録の達成を期待した。それは、今しばらくの試合の膠着を意味していた。 


                     ******


「大会記録? 25奪三振? 何の事?」


 記録を意識しているのかと問われたマガララーガの反応。集中が痛みにいきすぎて、それどころでは無かったのかもしれない。


「10回を終わって現在20奪三振。大会記録の25奪三振まであと5つなんだよ」

「あー、それでさっきから観客が『ゆでたまご』って連呼してたのか」

「まぁ無意識じゃないとここまで投げられんだろうけど、本当に気づいてなかったとは」


 真柄はベンチに座り込むと、慎重に掌で腕を摩り始めた。

 先程ウィニングショットに用いた高速カミソリシュートの影響でダメージが乗ったのだ。今迄ストレートの球速を支えて来たのは縦のマグナスエフェクトだが、シュートを投げる以上は横にマグナスエフェクトをかけなければならない。つまり「腕の振りの強さ」によってスピードを捻り出したのだ。


 ピンチは凌いだ。しかし反動はやはり大きい。


「何回まで行ける?」

「最後までいくよ。今日しかあの球は投げられない。出し惜しみはしないさ」


 震える声で言う台詞ではなかった。そして悲愴感を漂わせている間にも、試合は進行している。


「バッターアウト!」


 6番成田は、フォークボールに手を出して空振り三振。


「バッタアウ!」


 7番佐々木は高めのストレートに掠らず空振り三振。


「アウト!」


 そして8番相馬。スローカーブにタイミングを崩されサードフライ。

 この回の智仁の攻撃は5×3の15球に終わった。真柄の休む間もない。


「ま、偶には記録狙ってみるのも悪くないね、さとみん」

「え?」

「この回のリードは俺にさせてよ。ね~」

「あ、ああ……構わないけど」


 その陽気さに違和感が拭えない里見。どうも先程から真柄の雰囲気が試合前に戻っている様な気がする。


 またも投球練習なしでの開始を要求すると、即ピンチを迎える智仁高校守備陣。この回のトップバッターが4番・上泉だからである。


 その初球。130キロのストレートをレフト線に運ばれる。


「長打コース!」


 真芯で捉えた打球は角度的にスタンドインはないものの、ジャンプするサード相馬のグラブを越えてレフト線最深部へ鋭く飛び!

 飛びついた斎村芯太郎のグラブに収まった。明らかに投げる前に動いていないと追いつけない打球にも関わらず。


「何ィ、今の打球どうやって追いつくんだよ!?」


 だが、審判のジェスチャーはセーフ。芯太郎はすぐさま朝比奈へボールを送球、上泉の二塁進行を防いだ。


「何で今のアウトじゃないんですか!?」


 ベンチでスコアをつける舞子が壇ノ浦に尋ねる。


「……飛びついた際、斎村が寝そべった時にグラブを地面に被せてしまった。それで完全捕球と見なされなかったんだ」

「じゃあ、抗議すれば覆るかも?」

「実際に捕った斎村の表情を見れば、真実がどちらかなど直ぐにわかる。完全捕球ではない」


 この局面でも、壇ノ浦は一切動こうとしない。真柄と、グラウンドの選手達に全てを託していた。

 無死一塁。セットポジションに入る真柄……が、ここで妙な事が起こった。


「あれ?」

「ぼ、ボーク!」


 いきなり真柄がボールを地面に叩きつけた。ボークと見なされ、上泉は二塁へ。これには堪らず里見がマウンドへ。


「イップスが復活してるぞ!?」

「う~ん、痛みが増してきたから客観視のままでも投げれると思ったんだけど~。実際、今投げた時痛みは幾分和らいだし」

「痛みを無視するためか……でもマグナスなんとかが投げられなかったら元も子もない。元に戻せ」

「了解した。今の一球で十分だ」


 口調が戻る。どうやら客観視をやめて本来の投球に戻すという事らしい。里見が座り、プレイがかかると真柄の球に力が戻っていた。


「ストライク!」

「元に戻ったか。全く、心配かけさせ……え?」


 返球しようとした里見が固まる。今の投球はインコース低め。にも拘らず球速表示が145キロを示している……今の真柄には相当無理をしないと投げられない筈の球速だ。


 まさか、と里見は悟る。


――神経を痛みからイップスに逸らして……痛みを麻痺させやがった!?


 信じられない精神力であった。真柄の脳は膨大な情報、その全てを処理できない。今迄は『痛みの信号』の大きさが『イップスのトリガー』を完全支配していたために、イップスは発生しなかった。

 だが今度はその痛みが大きくなりすぎたために、イップスの信号を大きくして痛みの方とのバランスを取ったのだ。

 自らの弱点を完全に利用して、自分を騙し切っている。そして相乗効果で疲労も和らげる事ができていた。


「ちゃんと捕れよ、里見」


 第二球。144キロ。5番・兵庫は蘇った球速に戸惑いながらも、バックネットへのファールにして見せる。


「やるね柳生新陰流。じゃあ……この球は斬れるか!?」


 ウィニングショットは137キロ、ど真ん中のストレート……に見せかけた伝家の宝刀。


「くそっ!?」

「ストラックアウト!」


 カミソリシュートに掠らず三球三振。21個目を奪い取った。

 そして6番・大石にも全く同じ配球を見せる。


「バッターアウト!」


 唸りをあげて切り込むカミソリシュート。球種・コースを読んでいた大石だが、この球と相対するには経験が少なすぎた。22個目。


「不味いな……あいつがあの球を今迄隠してきたのがかなりキいてる」

「……」

「おい、聞いてるのか愛洲。アドバイスしてるんだぞ」

「ああ、何か言った大石?」

「もういい。お前は天才だから、センスで何とかしてきな」

「うん、そうするよ」


 延長11回。二死二塁で、真柄にとって恐らく、今日最後の山場がやって来た。

 

「7番キャッチャー、愛洲……君」

「さぁて、固く茹ってきた真柄君。僕にも同じ配球で来るのかな?」


 レフトでは、芯太郎が守備位置を変え始めていた。

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