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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
123/129

121回:Razor's Edge

「9回までで18個の奪三振。その真柄がこうも捉えられるとはな」

「どう見ても怪我しとるしなぁ。むしろ今までの球のキレが異常やったんや。限界をとうに越えとるのに、18Kも献上とは剣豪打線も大恥やろな」


 カチワリを頬っぺたに当てながら談笑する大麻と鷹野。真柄よりで見ていた鷹野でさえも、この回で捉えられる事をほぼ確信していた。


「沖田は打ち損じかな」

「そうかもしれんが、もしかしたらツーシームだったかも知れへんな」

「ツーシームか。沈むなら生命線になるが……」

 

 ツーシームに代表されるムービングファストボールはプロの世界では芯を外す球として重宝される。通常のストレート(フォーシーム)と組み合わせれば更に威力を増す。


 だが、アマチュア野球界において動く球はあまり威力を発揮しない。天敵・金属バットの存在がそうさせている。


「ほとんどストレートと同じ打ち方でも飛距離出せるんだよな」

「オープンザドアぐらいの変化だと抑えるんは難しいわなぁ」

「フロントドアな。しかし腕だけじゃなく足腰にもキテるぞありゃ」


 ベタベタな間違いを訂正しながら、大麻は真柄の様子に共感する。投手は上半身と共に下半身を酷使するポジション。前回のホームスチール、あの全力疾走が尾を引いていると大麻は分析した。


――やはり終わりだな。上位打線は抑えきれまい。


 だが、次打者の打撃結果は、二人の予想を大きく上回る結果となった。


                    ******


「バッターアウト!」


 仕留めるはず、仕留めたはずのフルスイング。二番宮本がまさかの三振に抑えられた。


「おい、変化したのか?」

「ああ、インコースへ食い込む変化……気をつけろ、奴はまだ死んでないぞ」


 三番・義輝が宮本から情報を貰い、バッターボックスへ。二塁走者の征士郎が視界に入る。


――おい、無死のランナーを無駄死にさせるなよ。


 目で催促する。敦也学園のレギュラーなら、これくらいのプレッシャーは跳ね除けてヒットを打ってくれる。その信頼からの睨みである。


「そうだよ、真柄や芯太郎とは違う。その事を証明してやれ」


 だが義輝の頭には、先程宮本を空振りさせた変化球の事しか頭になかった。初球のスライダーを思い切り空振りすると、これを好機と見た真柄は外のストレート、スライダーで追い込んでいく。

 格闘技で意識を上下どちらかに集中させる戦法と同じ。外に合っていない時は、とことん外を攻めると見せかけて……内で勝負する!


――インコース、ストレート!


 勝負球だが、スピードが載っていなかった。139キロのストレートは、外に合っていなかった義輝でも裏をかききれない。三塁線に鋭い打球が飛ぶ。


「相馬捕って~」


 飛びつく三塁手・相馬のグラブ先、20cm。打球が抜けていく。やられたかと思ったが、三塁ベースの向こう側。かなり際どい線ではあるがファウルゾーンにボールは飛び込んで行った。


「あちゃー、あれほど合ってなかったらストレートでも行けると思ったんだけどね~」


 真柄が舌を出して汗を舐める。里見はその真柄のダランと腕を垂らした姿に限界を見たが、一つ気になる事があった。


――口調が戻った?


 審判から貰ったボールを、口付する勢いで口元に持ってくる真柄。何やらまたしてもブツブツとボールに問いかけ始めた。


「変化量7、奪三振、キレノビ……インコース!」

「馬鹿真柄! 何て事するんだ!?」


 呪文を唱え終わった真柄が振りかぶる。その様子を見てスタートする征士郎、絶叫する里見。これではヒットが出れば間違いなく勝ち越しが決まる。それが分からない真柄ではない。その上で振りかぶっている。


 痛みを伴うリリースの後、振り下ろされる右腕がしなる。140キロのストレートがど真ん中へ。眼が慣れた義輝には、外のスライダーに比べると正に絶好球であった。


――終わりだ、これで勝ち越しだ! このインコースの球を……あれ、インコース……?


 確信を伴うスイングだった。にも関わらず、バットを出す頃にはど真ん中のコースだった球が。いつの間にか内角に食い込んできている。

 快心の投球に、真柄が高々と右腕を掲げて叫ぶ。


「シュート……7!」

「ストライク、バッターアウト!」

 

 絶妙なスライドの仕方だった。指を離れた時はど真ん中。それが140キロのスピードだったのだから、球種は当然ストレートと認識する。

 その球が右回転のマグナスエフェクトに乗って、インコースのボール球にまで曲って来たのだ。

 散々外に目を慣らされ、直前に同スピードのストレートを見せられるという完璧な伏線。打てるわけが無かった。


「140キロのカミソリシュート……あいつ、どこまでゾクゾクさせやがる!」


 やっとの思いで捕球した里見の手が痺れている。イップスになってからの真柄は、シュートを如何に大きく曲げるかをテーマにして来た。自分のシュートならば、打球をレフトに集められる。そして芯太郎の存在があれば、甲子園に行ける。

 壇ノ浦のプランに載せられ、常に磨き上げて来たカミソリシュートが真柄の切り札であった。


 バックスピン無しで140キロに載せた代償は大きい。腕には更にダメージが残ったが、どうあれ抑えた。

 ストレートはタテのマグナス。カミソリシュートはヨコのマグナス。縦横無尽のピッチングで真柄は延長10回まで投げ切った。そして……。


「今ので20個……すげぇ! 奪三振20個目だ!」

「両校合わせて奪三振38個……この試合、どこまで三振増えるんだ!?」


 偉業まで、あと5つ。

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