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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
122/129

120回:Triangle Jump

「じゃあ、俺はマウンドに行くから」


 九回を投げ切って足はガクガク、腕は壊れかけ。そんな真柄のホームスチールなど誰も警戒していなかった。しかもパスボールありきの完全なギャンブル走塁なのだから、運が良かったとしか言えない。

 いや、この場合サヨナラにならなかった時点で、運が悪かったというべきだろうか。


 芯太郎は自分のバッティングセンスのなさを恨んだ。友にここまで苦しい思いをさせておきながら、自分はまだピンピンしている。代われる物なら、自分が代わって投げてやりたい。


 だが本職でない芯太郎のボールなど、如何にコントロールが良かろうが剣豪打線の前では全てが絶好球。竹中や相馬でも同じである。

 勝つためには、真柄。真柄しかいないのだ。


                    ******


「すまん、征士郎」

「何が?」

「斎村を三振に取ったのに、俺のミスで勝ちが」

「フォーク投げるって事は、そこもコミだろ。あの真柄ってのがおかしいんだよ」


 征士郎には、まだまだ余裕がありそうだった。確かに全力疾走の後でマウンドに向かう真柄の姿をみれば、余裕も出ると言うものだ。


「おっと、俺か」


 先頭打者は征士郎。


「感慨深いな愛洲」

「何が?」

「自分であの投手に引導を渡すと思うと」


 征士郎は、自分が仕留める気で打席に向かう。事実上の予告ホームランである。

 過去三打席、征士郎は一切のスイングをせずに真柄の球筋を覚えて来た。真柄にとっては愛洲と並んで、今最も相対したくない相手の一人。


「君、投球練習はいいのかね」


 ずっとマウンドを慣らし続けている真柄に審判が声をかける。里見にニッコリ笑いかけると、里見が審判に無用の意志を告げてくれた。

 今は投球練習の一球でさえ、腕へのダメージとなる。全身全霊を本番にぶつけるため、練習球すら節約したのだ。


「9番、ピッチャー、望田君」


 勝利を目前で逃した敦也学園応援団に再び火が灯る。点を取られた次の回に突き放すというのは、公庫野球ではよくあるパターン。守備側に隙が生まれ安いのだ。


 それは真柄も承知済みであった。グラブの中で、慎重に握りを確認する。


「さてと、そろそろアレ使うか」

「プレイ!」


 脂汗が滴る指先からリリースされるストレート。ど真ん中に決まる140キロの速球だったが、キャッチャーミットまでは到達しなかった。


「行ったー!」


 レフトスタンドポール際。今日何度も飛んでいる場所へ、遂に真柄のストレートが運ばれる。切れる事を願う智仁ナインだったが打球はどうみてもフェアラインより内側。


 だが、先程までと違う部分があった。それは斎村芯太郎の守備が……。


「えっ、追いつくぞあいつ!?」


 復活している。元々の実力を、いつの間にか元通り発揮している。甲子園のフェンスを蹴って、斜め上への跳躍。スタンドを越えようかという征士郎の打球を驚愕の三角飛で捕球に行く。


「嘘だろーっ、マス大山かよアイツ!」

「捕ったか!? それともスタンド入ったか!?」


 正確には叩き落としただけである。だが、放っておいたら間違いなくオーバーフェンスの打球だった。二塁ベース上で唇を噛む征士郎。打った側がこうも悔しい表情を見せるのは、ホームランを阻んだのが芯太郎であるが故か。


「芯太郎……!」


 徐々に本来の、いやそれ以上の姿に変わっていく斎村芯太郎という怪物。

 だが得点圏にランナーが、しかも無死から出てしまった。これには流石の真柄も苦笑いを隠せない。


「切り札使う前に打たれるとはな」


 マグナスエフェクトが載っている筈のストレートなのだが、スピードも疲労と痛みから激減している。もう3打席も球筋を見ている剣豪打線相手には、流石に荷が重かった。


「一番センター、沖田君」


 特に今日ホームランを打っている沖田には、打たれる可能性が大だ。里見はチェンジアップのサインを出すが、真柄は首を振った。


――バカ、ストレート投げたら……。


 次のサインを出す前に真柄はモーションに入ってしまった。そして投じられるインコースのストレート。

 1、2、3で振った沖田のバットに、ものの見事に衝突した。


「今度こそ行ったー!」

「沖田の勝ち越しツーランだ!」


 角度と音。ホームランの確信に必要な二つの要素を満たした打球は、またもレフトへ飛ぶ。芯太郎が背走するも、観客は今度こそオーバーフェンスを期待した。それほどの完璧な角度、45度の鋭角で打球が飛んでいたのだ。


 だが、芯太郎は足を止めた。確かに飛ぶには飛んだが、定位置より十メートル後ろの平凡なフライに終わった。


「今の球……ストレートじゃ、ないのか!?」


 打った沖田の掌に、打球を詰まらせた痺れが残っていた。

 脂汗を拭いながら、真柄の投球は続く。

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