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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
120/129

118回:Yankee Clippers

 突然ではあるが智仁高校野球部・韋駄天ランキングの発表である。


――――――――――――――――――――――

Rank.    Name    Record(50m)

――――――――――――――――――――――

1st Shinpei Kousaka 6.15s

2nd Shintaro Saimura 6.19s

3rd Thoru Asahina  6.32s

4th Shinobu Magara  6.38s

5th Mamoru Narita  6.55s

――――――――――――――――――――――


 智仁高校の行事である陸上競技会に参加した際の数字である。真柄は朝比奈に次ぐ四位と、俊足の部類に入っている。


 だが如何に俊足だろうが、9イニングスを投げ切った投手なのである。下半身は既にヘロヘロであり、とてもではないが塁に出てもハツラツとした走塁は望めない……。

 つまりセーフティバントなど、相手が警戒するわけも無かった。


「何ーッ!?」


 完全に虚を突かれた三塁手・義輝は慌てて本塁目がけてダッシュするが、三塁ベースと平行な位置からのダッシュでは真柄の足が勝る。

 してやったりの内野安打。その後先を考えない激走に、サヨナラ勝ちの覚悟が見て取れた。


「ナイスラン、流石天才だ!」

「慣れない事はするもんじゃないね、成田」


 勢いをつけるためか、レギュラーで試合に出ている成田が一塁コーチャーとして立っている。真柄と弱弱しいグータッチをかわすと、彼の心にも火が点いた。


「高坂、これで燃えなきゃ男じゃないぞ!」

「分かっとるわ! 智仁高校は日本最強ォォォーーー!」

 

 響き渡る『ナポレオン三世』。勢いは今、間違いなく智仁にある……はずなのであるが。

 その落ち着き払った望田のセットポジションを見ると、気のせいではないかと思えてくるから不思議であった。


 高坂は望田から1死球1三振。だが今日の試合全体で見ると4打数2安打と好調だ。

 頼みの綱はセーフティバントだが、真柄が直前に成功させているだけに使いづらい。サードの義輝も若干前よりに守っている。


――まぁええ。小技はバントだけやない。見せたるわ、高坂新兵の真骨頂!


 初球。148キロのストレートに手が出ず見送った高坂。やはり望田征士郎も人間か。本当に僅かではあるが、球速が落ちている事を確認した。


「次やな」

「おや、何か狙ってるのかい?」


 愛洲の囁き戦術を無視し、高坂は狙い球を絞る。コースはインコース低めだけを狙う。

 望田がクイックモーションから第二球。そのインコース低めに145キロ。


「もらった!」


 だがストレートと見せかけて、その球速で球は動いた。本当の球種はシンカー気味に落ちるツーシーム。

 高坂は思い切りひっかけ、三遊間に高いバウンドが跳ねた。


最初ハナッからこれが狙いや!」


 No1.韋駄天男がスタートを切る。綺麗なヒットが難しいなら、ボールを弾ませての内野安打狙いが最も確実。軟式時代から、これが彼の必殺技である。

 無論、軟球ほど球は跳ねないが、深さからして内野安打には十分な打球であった。

 が、遊撃手・上泉はこの打球を逆シングルで捕球し、ニューヨークの貴公子ばりのジャンピングスローを披露した。山なり送球ながら、ノーバウンドで一塁へストライク送球だ。


「おいおい、朝比奈より上手いじゃん!」


 観客の無慈悲な判定が朝比奈の耳に突き刺さる。だが一塁塁審の判定はまだ下されていない。

 数瞬の間を置いて、その手が大きく開閉した。


「セェーフッ!」

「っしゃあ、よく走った高坂!」

「韋駄天!」

「いだてん!」

「イダテン!」


 望田にしてみれば、まともなヒットは一本も打たれていない。にも関わらずこの状況の悪さは不気味そのものであった。

 そして次のバッターが『アフリカン・オブ・シンフォニア』と共に打席に入る。


「2番キャッチャー、里見君」

「里見!」


 壇ノ浦から高速サインが飛ぶ。その全貌を見るまでもなく、里見は壇ノ浦の心中を察した。


――まぁ、ここは『それ』を避けるわな。


 バントの構えを見せる里見。これに対し一、三塁手がジワジワと前に出てくる。

 何を隠そう、ここでの送りバントが一番征士郎にとって嫌な展開なのだ。1,2塁と2,3塁では危険度が段違い。1ヒットでの同点と、1ヒットでの逆転サヨナラという余りに大きな違いがある。


 対する里見が避けたいのはダブルプレーである。あまり強くバントをすると、3塁→1塁での併殺が十分にあり得る。バットの芯を握る掌にじんわりと緊張の汗が滴っていた。

 初球。低い姿勢の里見にはボールに見えた球だったが、元の身長ではストライクのコース。当然、審判は惑わされない。


 征士郎と愛洲の意図は、この手の駆け引きは慣れっこの里見にはよくわかる。高めのストレートで、フライを打ちあげさせる。もしくは正面に強いバントをさせて三塁封殺、あわよくば併殺を狙っている。

 

――さぁて、どうしたものか。


 一塁方向へ転がしたいところだが、インコースに来るだろう。それならいっそ、強打してみても面白い。

 里見は壇ノ浦のサインを見てから、バントの構えを解いた。


「騙そうとしても無駄だよ」

「さて、何の事かな」


 愛洲の本命はバント。そして二球目はやはり、インコースストレート。それも151キロの速球である。

 その球速が九回に出る事以上に、三塁手が驚いた。里見はバントの構えを見せていない!


「そらっ!」


 ボテボテの当たりではあったが、急ブレーキをかけた義輝は反応が1秒遅れた。二、三塁は間に合わず、50m7秒台の里見を一塁で仕留めるのがやっとであった。

 結果的に送りバントを成功させた里見は、ここまで三打席敬遠の主将・朝比奈にエールを送る。


「男になっていいぞ! 片倉の目の前で!」


 夏の気温のせいだろう。ベンチに座る片倉舞子の顔が熱くなった。


――全国ネットで音拾われたらどうしてくれるのよ!


 朝比奈も舞子の顔を見ていた。『お前のために、自分がヒーローになってくる』。口パクでそう伝えると、グリップエンドを握りしめてルーティーンを始まる。

 あまりにもドラマチックな展開。ここが二人の恋物語の最終章……には、ならなかった。


「あ~あ、だろうと思ったよ」

「悪気はないんだよ、本当に」

「これで智仁うちは負けか?」

「うん。可能性はもう……無くなったね」


 4打席連続敬遠。熱く燃える男の決意に冷や水をぶっかけた敦也バッテリー。

 朝比奈も抵抗する術はなく、四球を貰い一塁へ歩く。


 一死満塁。残り二人、4・5番との勝負を征士郎と愛洲は選んだ。


「さて、終わりにしようか愛洲」


 甲子園の決勝、最終回の得点圏。高校野球の最高峰のプレッシャーを受け、味方にとっても敵にとっても気まぐれすぎる悪魔が打席に向かう。


「4番、レフト、斎村……君」

「この男を……完全に倒して終わらせる!」

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