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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
115/129

113回:Routine

「ファールボール!」


 流石の真柄もこの事態には驚きを隠せない。一段階ギアを上げたというのにも関わらず、上泉は二球目の143キロをしっかりとバットに当てて来た。

 恐ろしく伸びのあるストレートと、真柄が二回までに投げていた棒球との誤差を、急速に修正しつつある事が分かる。流石に全国区の4番と言ったところか。


「関西の人だったらどうなってただろうね」

「俺はあの球に一度完敗しとる。……が、それ故にイメージは出来とるんやで! 今度は打てる!」

「無理すんなよ。ありゃー一試合じゃキツイぜ」

「じゃかぁしやい!」


 スタンドから高みの(?)見物と洒落こんでいる大麻と鷹野。あのストレートに、打者として相対したらどうするか。机上の空論は尽きない。今の二人の在り方が、最も野球を楽しむ方法なのかもしれない。


「で、大麻。三球目は外してくると思うやんか?」

「思わん」

「なんや、それやったら俺と一緒やんけ」

「顔色もそうだが、あの肘のワザとらしい振り上げ方。故障を隠してるな。遊び球は一切ないだろうよ。あの捕手なら尚更」

「にも関わらずあの投球……か」


 二人は決め球にもストレート、それもボール球を持ってくると予想した。だがそこで人を喰うのが真柄である。

 マグナスエフェクトの乗ったストレートを二球続けられた後にこの球を打つとしたら、完全にヤマを張るしか手はない。


「ここで、チェンジアップかよ!?」


 だがストレートと違って、腰砕けでもいいのなら当てる事はできる。体は泳いでいるが、意地でも三振だけはしない! という執念が上泉のバットにボールを触れさせた。


 連続三振のタイ記録を期待していた観衆から、大きなため息が漏れた。真柄は自分の真上に上がったピッチャーフライを返球代わりに受け取ると、直ぐにロージンを付け直した。


「分かってるよな? 当てさせてやったんだよ。いらない重圧感じてる暇は俺にはない」


 上泉にもそれは伝わっていた。血眼かと思う程の悔しそうな目線を向けている。

 奪三振記録も、観衆からの期待も今は不純物。この感覚リリースを、少しでも純粋に骨身に刻む。それが何よりも優先すべき物なのだ。


 真柄は既に、自分の行き先を悟っていたのである。


「五番ファースト、兵庫君」

「さて、続けますかね」


 連続奪三振が途切れた直後の兵庫の打席。ショック、動揺、緊張の糸が切れた後……。様々な面で狙い目、打者有利かと思われたが……。


「ストライク、バッターアウト!」

 

 再び計測された145キロに、観衆は再び興奮した。


                    ******


 6回の表。真柄は投飛、三振、三振の三者凡退。

 6回の裏。望田は三振、三振、三振の三者三振。


 息をつく間もなくマウンドへ登らされる二人。道連れだ、奴にだけ楽をさせてなるものか! という怨念すら想像できる。

 だが投手という人種は、自らすすんでマウンドへ上る者。自分が投げる事で試合を進行させる覚悟を持った者。辛さと楽しさが同居するプレート上で、真柄は最高の相手と相対する。


「さて、ここが本当の勝負だよ」

「7回の表、敦也学園の攻撃。7番、キャッチャー、愛洲……君」


 真柄の本気から二巡目。一打席でストレートに当てて見せる順応ぶりを見せた愛洲の登場である。この打線の中で最も眼が慣れている打者と言っていい。


「ここで抑えたら、後は味方の奮起を待つだけだ」

「ここで打てば、後は成り行きで勝てる」


 二人ともここを勝負どころと考え、ルーティーンを行う。真柄はロージンを指の付け根までつけて、愛洲はバットを腰に巻き付けてスタンドインをイメージしている。

愛洲の集中力は、十分に高まった。


「叩き込むよ、真柄忍」


 だが、ここで真柄は今一つ集中力を欠き始めた。


「あー来る……来る来る……痛ッ!」


 この時、遂に真柄の神経を痛みが服従しにかかっていた……。

 その真柄を嘲笑うかのように、愛洲はこの日最多の12球を一打席で投げさせるのである。

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